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お前の番だ! 61 [お前の番だ! 3 創作]

 廊下から師範控えの間に近づいて来る足音が聞こえるのでありました。次第に大きくなるその床を踏む音は如何にも堂々とした足取りを想像させるもので、これは一般稽古を終えた鳥枝範士が道場から控えの間に戻って来たのでありましょう。
 障子が開いてその後ろに正坐しているのは、矢張り鳥枝範士その人でありました。
「ただ今滞りなく一般稽古を終えて参りました」
 鳥枝範士はそう云いつつ是路総士に畏まって座礼するのでありました。
「ご苦労様でした」
 是路総士も首を垂れて返答のお辞儀するのでありましたが、先程の万太郎に向かってした座礼の丁寧さよりは些かぞんざいな風でありました。
「失礼します」
 鳥枝範士は控えの間に膝行で入り後ろ手に障子を閉めるのでありました。
「誓紙をいただいて、当流の大概をお話ししたところでした」
 是路総士がこれまでの万太郎との遣り取りを鳥枝範士に報ずるのでありました。
「ああそうですか。有難うございます。この後は私の方でこの男に内弟子の心積もりやら作法やらを教誨して、それに今後の具体的なあれこれの話しなんぞもつめましょう」
「よろしくお願いします」
 是路総士は横に座った鳥枝範士にまた一礼するのでありました。「さて、それでは私はこれで母屋の方に引き取らせていただきますかな」
 是路総士のその言葉に鳥枝範士はすぐに反応して、少し後ろに躄って両掌を畳につくのでありました。万太郎も座卓から離れて鳥枝範士の容を真似るのでありました。
 是路総士は座卓から立ち上がって鳥枝範士と万太郎の間を進み、障子を開けて廊下に出ると座敷の方に向き直って立礼するのでありました。その立礼に鳥枝範士は「押忍」と発声しながら頭を低くするのでありましたし、万太郎もそれに倣うのでありました。
 本来なら内弟子たる万太郎が是路総士より先に障子戸に趨歩して、是路総士のためにそれを開くべきなのであろうと思うのでありましたが、まあ、もう後の祭りでありました。
「誓紙を出した以上、内弟子なんだから横着しとらんで、きびきびと気を利かせんかい」
 是路総士が去った後、早速鳥枝範士がそう云うのは、屹度その辺の万太郎の手際の悪さを難詰するためであろうと察しがつくのでありました。
「済みません。出遅れました」
 是路総士を憚ってか床の間を背にした位置には座らずに、座卓の横手に躄ってついた鳥枝範士に万太郎は頭を下げるのでありました。
「ふむ。ワシが何の小言を云っているのかはちゃんと判ってはいるようだな」
 鳥枝範士は万太郎の斟酌の良さがやや意外そうで、且つ少しく満足したような云い草をするのでありました。「以後気をつけよ」
「はい。申しわけありません。迂闊でした」
「それから当流では返事は、はい、ではなく、押忍、と決めてある。以後そのように云うように。まあ、礼の仕方は捨身流とか剣道をやっていただけあって様になっておるが」
(続)
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