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お前の番だ! 60 [お前の番だ! 2 創作]

 万太郎は直ちに木刀を左手に、道場中央に立つ是路総士に走り寄るのでありました。
「では先ず、相打ち返し、と、逆打ち返し、から」
 是路総士はそう云うと万太郎と二間の間合いで向きあって木刀を正眼に取るのでありました。万太郎も木刀を左手からすぐさま抜き放ち同じ正眼で応じるのでありました。
 互いの呼吸を見てこの後二人は、ほぼ同時に左足を一歩前に送って八相に構えを変えるのでありましたが、この時の間合いが約一間半であります。当然の事として是路総士が仕太刀役、万太郎が打太刀役であるのは云うまでもない事であります。
 暫くすると是路総士の左肘がごく僅かに動き、上体がぎりぎり目で捉えられる程度に前に傾ぐのでありましたが、これが誘いでありました。万太郎は後の先の術理に従って右足で地を蹴り歩み足に、八相に取っていた木刀を上段に構えると同時に、是路総士の前額目がけて真っ向から斬りかかるのでありました。
 是路総士も、継ぎ足ながら同じ動きを取って上段に木刀をふり被って万太郎の正面に進むのでありました。二人の太刀筋が正確無比であるのなら、二本の木刀は後の先で打ちこんだ万太郎有利で刃先を真正面で激突させるか、鎬を削りながらその儘ふり下ろされて、万太郎の木刀が僅かに先に是路総士の頭頂に届くと云う按配になる筈であります。
 が、次の瞬間、万太郎の木刀は是路総士の右肩より一寸外れた位置に、是路総士の木刀は万太郎の頭上に一分の隙間を開けて留まっているのでありました。万太郎の目には是路総士の体が直進するように映ったのでありましたし、そうであるから万太郎は僅かの有利を確信して真っ向に斬りかかったのであります。
 つまり是路総士は自分の動きを一切読まれる事なく、実は一足分左横に進んだのでありました。この一足分を左横に変化する動きを相手に直進と思わせて切りこませ、右肩先一寸に相手の斬撃を躱して、こちらが正面を打つと云うのが常勝流剣術の組形稽古の一本目、相打ち返し、と云う技なのでありました。
 組形と云う約束の上で、相手に悟られないで横への僅かな変化の機微を習得ぜんとするのが目的の形稽古であります。是路総士は横への変化を相手に予感させずに動く事をあっさりやってのけるのでありましたが、実際、万太郎を含めて、多くの門下生はそう云う動き方を完全に我がものとするには未だ々々到ってはいないのでありました。
 逆打ち返し、と云うのは二本目の組形で、矢張りこれも横への変化を直進と相手に見紛わせるのでありますが、こちらは八相の構えから歩み足に自分の右横、相手の左側に進路を変化させる技であります。因みに次の段階として、相打ち返し、逆打ち返し、と云う組形稽古ではあるものの、仕太刀の変化の気配が読めたなら打太刀側は自分の剣筋も変化させて構わないと云うのが、乱組形稽古、となるのでありましたが、まあ、それはさて置き。

 万太郎の、末永くよろしくお願いいたします、のお辞儀姿を見て是路総士もやや後ろに躄って、両手を畳についてお辞儀を返すのでありました。
「こちらこそ」
 師匠が入門者にこんな丁寧な挨拶をするとは、万太郎には全く意外なのでありました。
(続)
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