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お前の番だ! 54 [お前の番だ! 2 創作]

 あゆみが下がると万太郎は是路総士の口述通りを書面にして、これも貸してもらった朱肉で親指腹を朱く染めて爪印するのでありました。昔は親指に傷を入れて血判を捺していたと云う事でありましたが、終戦後はその様な風習は排したとの事でありました。
「先程もちょっと訊いたが、内弟子は道場の稽古だけじゃなくて、私の身の回りの世話とか家事とか、お客さんがあったらその接待とか、あれこれ小煩い仕事もしなければならんし、少しでも手抜かりがあれば叱られたりもします。万事に先回りの気働きなんかも要求されるから気骨が折れるものですが、その覚悟はおありでしょうな?」
 親指の朱を、貰った紙で落としている万太郎に是路総士が話しかけるのでありました。
「先程も云いましたように、一般的な内弟子たるの内情は承知しています」
 万太郎は拭き終えた親指に朱が残っていないか確認してから、拭った紙は小さく丸めて稽古着の懐に入れるのでありました。
「まあ、細かい仕事はこの家に来て後に、あゆみやもう一人の内弟子の面能美に訊いて覚えて貰います。要は武技の習得と同じで、繰り返す事で慣れれば良いのです」
「はい。なるべく早く慣れるように努めます」
「お見受けしたところ君は大らかな性格のようだから、色々困っても必要以上に深刻にならないで、結構早く内弟子稼業に適応するかも知れませんね」
「ぼんやりしているのは僕の欠点でもあり、取り得でもあると思います」
「ああそうですか」
 是路総士は口元を綻ばすのでありました。「まあ、ぼんやりしていると云う意味で、大らか、と云った心算はないのですがな」
 この後是路総士は常勝流の歴史やら理念やら、今現在の流派としての規模やらの概略を紹介してくれるのでありました。それから万太郎の今の身上や何時から内弟子としてこの家に住みこむ事が可能かとか、そう云った点に話しが及ぶのでありました。
 一応未だ万太郎は大学生でありましたから、卒業までは今のアパートに留まって、通いの内弟子としてこの道場に来るのが良かろうと是路総士は提案してくれるのでありました。万太郎としても熊本の親や周囲に対する体裁の上で、大学は卒業しておきたかったからこれは願ったり叶ったりの提案と云うものでありました。
 それに曲がりなりにも大学卒業後の身のふり方が決まった以上は、後は大学に残している仕事と云ったら卒業試験と論文書きくらいのもので、これは一応何とか無難にあしらえるような気もするのでありました。更に好都合な事に、通いの内弟子と云う立場は云ってみれば試用期間と云う風に取れなくもないような感じがするので、この時間が本格的な内弟子稼業に入る前に挟まってくれるのは気持ちの上でも大いに楽と云うものであります。
「君の兄弟子に当たる面能美はね、・・・」
 是路総士が話しを続けるのでありました。
「はい。訪問して最初に案内をして貰ったり、稽古着の着方を教えていただきました」
「彼奴は君と同い年だ。彼奴は二か月ほど前にここに内弟子として入ったんだが、後もう少しと云うのに卒業を待たずに、せっかちにも大学を止してここに来たんですよ」
(続)
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