So-net無料ブログ作成

お前の番だ! 52 [お前の番だ! 2 創作]

 万太郎が前紐の締め具合を訊ねるのでありました。
「腰に木刀を差すかも知れんからもそっと緩めに」
「押忍」
 万太郎は片結びを一旦解いてやや緩めた状態に前紐を巻き直すのでありました。是路総士の好みの締め具合はなかなか体得出来ないのでありました。
 是路総士の着つけが終わる頃あいを見計らって、一緒に下がった門弟一人を引き連れて興堂範士がまた控えの間に現れるのでありました。
「道場に出張るまで未だ少し時間がありますので、ゆっくり茶を飲んでいてください」
 興堂範士に促されて是路総士はまた座卓につくのでありました。
「さっきの信州松本の新支部ですがね、ウチに居た槍手と云う名前の門弟をあにさんもご存知でしょう。その男の郷里が松本で、向こうに帰って支部を開設したのですよ」
 興堂範士が先程の話しの続きを始めるのでありました。
「槍手さん、と云うと、あの体格の良い声の大きい四角い顔をした人でしたかな?」
「そうです。体術の腕前はそこそこでしたが経営的な手腕はあるようでしてね、向こうに帰ったら早速何とか云う企業の後ろ盾を得て、先日賑々しく道場開きをしまして、私も呼ばれて参列しに行きましたが、新聞の取材なんぞが来ておりましたよ」
「ほう、道分さんのところにはご門弟方が多士済々で結構ですなあ」
 是路総士はそう云った後、再び廊下に控えている万太郎の方に顔を向けるのでありました。これは別に、それに比べてウチの門弟共は、・・・等と云う意味で万太郎を見たのではない事は重々判るのでありましたが、何となくタイミングとして、万太郎には是路総士の視線をそこはかとなく重く感じるのでありました。
「折野、ここは良いから道場の方で控えていろ」
 是路総士が万太郎に云うのでありました。
「押忍」
 万太郎は返事をして是路総士と興堂範士にお辞儀した後立ち上がるのでありました。
「板場、お前も道場の方に行っておれ」
 これは興堂範士が廊下に控えた自分の内弟子の内の一人に云う言葉でありました。
「押忍。では」
 開け放たれた障子隅の万太郎とは反対側廊下に控えていた二人のうちの一人で、板場、と云う門弟が万太郎と同じように座敷の二人に座礼して立ち上がるのでありました。是路総士と興堂範士が特に何か了見があってこの二人を遠ざけたと云う事ではないのでありましたが、まあ確かに、既に稽古着に着替え終えて、後は時間が来たら道場へ出張るだけの二人に近習する世話役は、一人ついていれば事足りるでありましょうから。
 しかし万太郎は是路総士と離れて道場へ行くのが何となく気重なのでありました。それは道場には屹度、威治教士がいるであろう故でありました。
 威治教士は万太郎が一人で道場に入ってくれば、前に良平にしたのと同じような妙なちょっかいを仕かけてくるかも知れません。そう思うと何ともげんなりなのでありました。
(続)
nice!(9)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 9

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0