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お前の番だ! 43 [お前の番だ! 2 創作]

 道場横の師範控えの障子の開け放たれた座敷には、是路総士と興堂範士の二人のみが入るのでありました。興堂範士の二人の門弟の内の一人が急ぎその場を離れるのは、是路総士と興堂範士に献じる茶を入れてくるためでありました。
 残った門弟一人と万太郎は作法上廊下の、開け放たれた障子の左右に控えるのでありました。座敷の中では是路総士と興堂範士が話しをしているのでありました。
「どうですかな、最近の情勢は?」
 是路総士が興堂範士の方をにこやかな顔で見ながら訊くのでありました。
「今度信州の松本の方に支部が出来ますかな。その内あにさんにもご指導においでいただく事になるやも知れませんが、その折にはよろしくお願いします」
「ほう、相変わらずなかなかご隆盛のようですなあ。私ごときでお手伝い出来る事があるなら、何なりとお申しつけください」
「あにさんに一度でもお出でいただければ道場に箔がつきます」
 是路総士は興堂範士の言葉に、笑って首を横にふって謙譲を見せるのでありました。
「折野、お前は先に着替えてこい」
 是路総士が万太郎に指示するのでありました。
「押忍。ではそうさせていただきます」
 座卓を前に、先程一旦下がった門弟が持って来た茶を、座布団に正坐して喫している興堂範士にも万太郎は丁寧な座礼をするのでありました。その後自分の稽古着の入った風呂敷き包みを抱え上げて、廊下の障子際に控えている興堂範士の門弟二人に、顔を起こした儘相手の顔を見て片手をついてお辞儀をするのでありました。
「着替えてきますので少しの間総士先生の荷物をよろしくお願いします」
 門弟二人は万太郎には特に礼をせずに、黙って頷いて見せるのでありました。
 着替えは五分内外で済ませて戻って来なければならないのでありました。呑気に着替えていられない万太郎は更衣室の方に向かって趨歩するのでありました。
 神保町の興堂派本部道場の更衣室は常勝流総本部道場のそれに比べると、二倍くらいの広さがあるのでありました。しかも三方の壁にはロッカーが並んでいて、別室には水道蛇口の四つついた洗面台と三基のシャワーまで完備しているのでありました。
 調布の常勝流総本部道場の門下生更衣室は六畳の板張りで、中に古めかしい和式の水洗便所が付属しているのみであります。この便所てえものも数年前までは水洗ではなくて、更衣室には窓がないので、何とも風流な臭いが常時漂っていたと云う話しでありました。
 因みに常勝流総本部は戦後間もなく出来た木造の平屋でありますが、興堂派本部は鉄筋コンクリート二階建てであります。一階に玄関と受付と更衣室、それに師範控の間とか内弟子の溜まり部屋等があって、二階が凡そ百三十畳の道場となっているのでありました。
 しかも道場は採光と換気に気を遣ってあって、天井に明かり取りが設えられているし空調設備も整えられているのでありました。道場周りに廊下が回っているので照明がないと昼でも薄暗く、しかも風の通りが全く悪い常勝流総本部道場に比べてみると、何とも豪奢な道場と云うものであり、これは興堂派の隆盛を表していると云えるでありましょう。
(続)
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