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お前の番だ! 40 [お前の番だ! 2 創作]

 万太郎は寄敷範士の方に向かって頭を下げるのでありました。常勝流総本部道場では誰かから指示を貰った場合「承りました」と返すのが決まりなのでありました。
 是路総士のすぐ後ろを二つの風呂敷き包みを両手に、木刀は二本共一つの布製の紫色の木刀入れに入れて紐をつけて肩に背負って、万太郎はぼちぼち暮れかかった仙川の街を駅に向かって歩くのでありました。商店街からの買い物帰りの主婦らしきと何人かすれ違うのでありましたが、未だその頃の仙川駅周辺は商店街を除いてさして人の通りは頻と云う程ではなく、荷物の多い万太郎も然程歩きにくいと云うわけではないのでありました。
「面能美は道分さんのところの若先生がひどく苦手のようだな」
 是路総士が後ろの万太郎に話しかけるのでありました。良平が付き人を万太郎と変わった理由を、何となく察しているような様子であります。
「押忍、そのようで」
「まあ、あのやんちゃ坊主には父親の興堂さんすら少々手を焼いているようだしなあ」
 ここで「押忍」と返事するのは、内弟子とは云うものの、未だ入門二か月程度の輩の分際では不謹慎と云うべきであろうから万太郎は黙っているのでありました。勿論万太郎のそんな返事を是路総士も要求してはいないでありましょうし。
 前から来る四十年配の、その頃では珍しくなった和服に割烹着姿の主婦らしきが、両手でスーパーの紙袋を抱えて是路総士に笑いかけながらお辞儀するのでありましたが、これは道場の近所に住む書道家の大岸聖子と云う名前の先生であります。この大岸先生にはあゆみが師事していて週に二回程稽古に通っているのでありました。
「これから出稽古ですか?」
 すれ違う位置に接近する前に大岸先生が声をかけるのでありました。
「はい。神田神保町の方まで」
 是路総士も歩を止めないで軽く頭を下げるのでありました。
「お気をつけていってらっしゃいまし」
「はい、有難う」
 二人はすれ違いざま同時に再度お辞儀をするのでありましたが、万太郎は一応ちょっと立ち止まってから大岸先生に一礼するのでありました。
「ご苦労様」
 大岸先生は付き人の万太郎にも頭を下げてくれるのでありました。大岸先生は偶に道場の母屋の方に遊びに来るので、万太郎も全く知らない仲と云うのではないのでありました。
 大岸聖子先生は、夢蝶、と云う号を持ち、その世界ではなかなか知られた人でありました。道場で発行する免状やらの筆耕を時々やってくれてもいるのであります。
「折野はあのやんちゃ坊主に何か被害を受けた事はないのか?」
 是路総士がまた歩きながら万太郎に話しかけるのでありました。
「押忍、今のところこれと云って特には」
「お前はごく偶に妙に怖い目をする時があるから、それでかな」
「押忍。僕の目つきが悪いのは人徳の不足と伴に近眼のせいでもあります」
(続)
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