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お前の番だ! 30 [お前の番だ! 1 創作]

 万太郎は鳥枝範士に一礼した後、良平に連れられて玄関前の、訪問して最初に案内を乞うた時に良平が出てきた部屋に移動するのでありました。そこは窓のない六畳の和室で、真ん中に一畳ほどの大きさの、上に書類の散らかった座卓が置いてあって、壁際の棚にはビニール袋に入った儘の稽古着や木刀や籠手や、その他の様々な荷物が積み上げられていて、どうやらここは納戸を兼ねた内弟子の詰所に使われている部屋のようであります。
「俺の名前は面能美良平。まさか内弟子になりに来たとは思わなかったぜ」
 良平が先程までとは違ったぐっと砕けた言葉遣いで自己紹介するのでありました。
「ああどうも、折野万太郎と云います。よろしくお願いします」
 万太郎は一応兄弟子に当たる良平に向かって律義らしくお辞儀するのでありました。
「まあまあ、そう固くならなくても良いよ。一応俺の方が兄貴分になるわけだけど、ま、同じ内弟子同士だから、気楽にいこうぜ」
 良平は兄貴分が弟分に話しかけるような口調でそう云って、万太郎の肩を気安く一つ叩くのでありました。しかし後でよおく聞いてみると、良平は兄弟子とは云っても高々二か月早いと云うだけで、しかも万太郎と同い歳なのでありましたが。

 万太郎が道場の片づけを終えて母屋の台所に行くと、あゆみが遅い三人分の夕食の準備をしているのでありました。これはあゆみ本人と内弟子の万太郎と良平の分であります。
「ご苦労様」
 万太郎の姿を認めてあゆみが何時も通り元気な声をかけるのでありました。
「先生は風呂から上がられましたか?」
 万太郎は食卓テーブルに皿を並べているあゆみに訊くのでありました。
「未だじゃない」
「それなら先生の部屋に布団を敷いてきます」
「はい、お願いします」
 あゆみが万太郎に愛嬌のある笑いをふり向けて頷いて見せるのでありました。あゆみは道場にあっては、弟弟子たる万太郎や良平に対して姉弟子の威厳を絶対に崩さないのでありますが、一旦稽古を離れるとがらりと様子が変わって、彼等に対して同世代の若者同士と云った風の、ぐっとくだけた素ぶりや言葉遣いで接してくれるのでありました。
 万太郎には郷里の熊本に一歳違いの姉がいるのでありますが、その姉とあゆみは同い歳なのであります。この実姉と比べてみるとあゆみの方がその普段の話しぶりや態度に於いて、未だ幾らかあどけないように万太郎には感じられるのでありました。
 尤も実姉は一歳しか歳が違わないために尚更そうであったのかも知れませんが、幼い頃より何時に依らず何に依らず、自分が目上である事をあれこれ万太郎にこれ見よがしに見せつけて、長幼の普遍の順理を墨守させるべくふる舞っていたようでもありましたか。この二人の了見の違いは、血縁者かそうでないかの相違からくるものでもありましょうが。
 万太郎は是路総士の部屋に行って天井に釣ってある電燈を点け、押入れから布団を出して延べるのでありました。これで彼の一日の内弟子仕事は完了するのであります。
(続)
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