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お前の番だ! 25 [お前の番だ! 1 創作]

 名指しされてあゆみが木刀を左手に立ち上がるのでありました。万太郎はあゆみが前に出るのを見送ってから良平の横に正坐するのでありました。
「お願いします」
 あゆみは一間半の間合いで是路総士と向いあうと、木刀を正眼につけるのでありました。万太郎の時と違って、今度は是路総士も正眼に構えてあゆみと対峙するのでありました。
 是路総士の正眼の構えは実に美しい姿で、一足半に開いて撞木に立った両脚のやや前寄りに重心が安定して乗って、ほんの少し膝を屈した前脚の撓みが、秘めたる強靭な発条を感じさせるのでありました。背筋は強張りのない自然な直立の線を描き、肩は怒らず肘はゆるりと伸び、木刀の柄を握る手は固からず緩からず、足の裏から発した力の流利が、淀みなく握った木刀の切っ先までしとやかに流れているのが見て取れるのでありました。
 万太郎はその姿に暫し見惚れるのでありました。それに比べるとあゆみの正眼は些か硬さが見えるのでありましたが、しかしそれはそれで凛々しくもあるのでありますが。
 あゆみは木刀を正眼につけて一間半の間合いを保った儘、ゆっくりと左回りに足を数歩送るのでありました。屹度是路総士につけ入る隙が見当たらないので、動蕩しない両者の間の空気を掻き回そうとの魂胆からでありましょう。
あゆみの動きを是路総士の木刀の切っ先が同じ速度で追うのでありました。それはあゆみに打ちこむ隙を与えない確固とした意気を示しているようでありました。
 攻めあぐねたようにあゆみは正眼から下段に構えをゆっくり変えるのでありました。あゆみが、待ち、に入ったと判じた是路総士は同じように木刀を下段に動かして、しかしそれは、待ち、ではなく、下段の構えの儘あゆみの方に後ろ足を歩み足に一歩滑らせるように進めて、気迫を明示しつつ圧倒するようにつめ寄るのでありました。
 あゆみの眉間に焦りが現れるのでありました。あゆみは木刀の刃を寝せて、勢いに任せるようにやや体を右に開きながら是路総士の水月目がけて突きを繰り出すのでありました。
 是路総士の木刀が右上方に素早く切り上げられるのでありました。木刀同士のぶつかる乾いた音が響いて、突き出されたあゆみの木刀が弾き飛ばされるのでありました。
 あゆみの木刀が目前から消えた隙に、是路総士は切り上げた木刀の刃を素早く返して、間髪を入れず同じ軌跡で今度は袈裟に切り下げるのでありました。是路総士の木刀の物打ちがあゆみの首根を的確に捉えるのでありました。
「ほれ、首が落ちた」
 是路総士がそう云って小さく数回木刀を前後に押し引きして、あゆみの首を斬るような真似をするのでありました。まあ、これはご愛嬌の仕草と云う事でありますか。
 先程の万太郎との乱稽古の時にあゆみは万太郎の切りこみに対して、それを自分の木刀の刃で受けた事を体裁として気にしたのでありましたが、是路総士は今、何の躊躇いもなくあゆみの木刀を自分の木刀の刃で強く弾きあしらったのであります。この仕業は是路総士が、あゆみの先の心機を諌めるためのものであろうと万太郎は思うのでありました。
「参りました」
 あゆみは木刀を左手に収めて、その場に正坐してお辞儀するのでありました。
(続)
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