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お前の番だ! 23 [お前の番だ! 1 創作]

 まあ、そんなこんなで、万太郎は鳥枝会長の、まるで花札でもしている時のような「来い々々」の連呼に送られて、会長室を辞するのでありました。妙な成り行きになったものだと思いながら、万太郎は会長室のドアを静かに閉めるのでありました。

 万太郎は一瞬に意を決するのでありました。彼は裂帛の気合いの声を発しながら、是路総士の穏やかに下段に構えた姿に得意の袈裟切りで打ちかかるのでありました。
 恐らく是路総士は切っ先を自分の喉元に上げて突きにくると読んで、ぎりぎりのところで体を右にほんの少し開いてそれを避けながら、自分の木刀の物打ちを是路総士の第一肋骨のつけ根にあわせようと云う打ちこみであります。万太郎の袈裟打ちは捨身流時代から誰のそれよりも威力のある、彼が得意とした技なのでありました。
 読み通り是路総士の木刀の切っ先が少し上に動くのでありました。しかし万太郎の意を既に見切っているかのように、是路総士は全く慌てずに木刀の進路をやや横にずらして、万太郎の木刀を持つ左手首に物打ちをあわせにくるのでありました。
 しかも狙いが喉元ではなく手首である事を、微妙な切っ先の動きの中で万太郎に明瞭に示す事で万太郎の小さな惑乱を誘い、袈裟切りの威力を削ぐのでありました。当然の事ながら途中で少しく挫かれた万太郎の袈裟切りの剣勢よりも、最短距離で力みなく上がってくる是路総士の木刀の方が一瞬早く目標とするところへ的確に到達するのでありました。
 万太郎は左手首に軽く接触した是路総士の木刀の物打ちが、まるで真剣の刃であるように冷冽に感じられて鳥肌立つのでありました。
「ほれ、この儘押すか引くかしたら、お前の左手は落ちるぞ」
 是路総士は口元に余裕の笑みを浮かべているのでありました。その言葉に弾かれて万太郎は慌てて一歩跳び下るのでありました。
 再び一間半の間合いで二人は対峙するのでありましたが、今度は是路総士は下段に構えもせず、右手に木刀を引っ提げた儘肩幅で平足に両脚を開いて、万太郎に無造作に正面を向けているのでありました。それは無構えと云うよりも、云ってみればもっと不用意な、何処からでも容易に打ちこめるような隙だらけの佇まいなのでありました。
 心の構えを体の構えとして表さないのが、無構え、と云う在り方でありましょう。しかしそれにしても是路総士のこの立ち姿は無防備そのものと云った風情で、心の構えすらも放擲した、全くの無為と云う状態のように万太郎には見受けられるのでありました。
 けれどもこれは当然、誘いの常套手段以外ではないと万太郎は思うのでありました。試しに万太郎は左に回りこみながら半足間合いをつめてみるのでありました。
 しかし是路総士は体の向きも涼やかな顔色も変えずに、首だけを少し動かして万太郎の動きを追うだけでありました。成程自分ごときの企みに乗って、是路総士がおいそれと無構えを崩すはずはないかと万太郎は思い醒ますのでありました。
 さあて、この是路総士の無構えに乗って打ちかかるのも如何にも勇気のいる話しであります。かと云ってせっかく無構えにして打ってこいと是路総士が催促しているのに、それをつれなくあしらうのも弟子として横着であろうし、これは実に困った事態であります。
(続)
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