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お前の番だ! 20 [お前の番だ! 1 創作]

 鳥枝会長は二度頷くのでありました。
「それに街にある剣道場と云っても捨身流をやっている処なんか東京にはありませんし、月謝が高かったり時間があわなかったりで。それから剣術だけじゃなくて柔道や合気道なんかの、学校のクラブや町道場なんかにも見学に行ってはみたのですが、何となく手を出しそこねまして、まあ、そんなわけでこちらに来てからは武道は沙汰止みとなったのです」
「常勝流は見に来なかったな」
「ええ、存在は知ってはいたのですが、何処に道場があるのか判らなかったもので」
「ああそうかい」
 鳥枝会長は口を尖らせて見せるのでありましたが、その険しくはない表情から判断すると、特段万太郎が常勝流をその折見学しなかった事が不満であると云う感じで唇を迫り出したのではなさそうでありました。まあ少しは残念であったでありましょうが。
「常勝流の道場は何処にあるのですか?」
「総本部道場は調布にある。京王線の仙川駅のすぐ近くだ。その他に都内には公共の体育館でやっている同好会も幾つかあるし、この鳥枝建設の中にも愛好会がある」
「ああそうですか。本部が調布だったら一度見学に行けば良かったですね」
 万太郎は昔見学に行かなかった事の詫びに、そう諂って見せるのでありました。まあ、今更詫びても仕方がないし、詫びる必要があるのかどうかも判らないのではありましたが。
「で、どうかね、内弟子にならんかね?」
 鳥枝会長が話しを本筋に戻すのでありました。
「いやあ、急にそう云われましても。・・・」
 万太郎はソファーの背凭れにやや身を引くのでありました。
「一応体裁としてはこの鳥枝建設の嘱託社員と云う身分にして、ここの愛好会の週一回の稽古に出ると云う事で、ま、たんとは出せないが小遣い程度の金は給与するぞ。それに内弟子だから総本部に寝泊まり出来て部屋代は要らんし、三度の飯もちゃんと食えるし、好きかと訊かれれば好きと云うしかないところの、武道三昧の生活が送れるぞ」
「それはそうですが、しかし僕は今の今まで、その、何と云うか、堅気の、普通のサラリーマンになるために就職活動していたものですから、即答する能わず、と云った感じです」
 万太郎は困ったように眉根を寄せて眉尻を下げて見せるのでありました。
「そうかも知れんが」
 鳥枝会長がまた万太郎の履歴書を取って、さらっと目を通すのでありました。「しかしこの履歴書の、無難と云う以外に何処にも目を惹くところの見当たらない、捉え処もない、実に平凡極まりない記載内容では、今のご時世、ウチ以外の会社にしても興味は示さんかも知れんぞ。まあ、ワシは、常勝流、と云う記述に大いに注目したのではあるがね」
「はあ、そう云う感じでしょうかねえ」
 鳥枝建設と云う上場企業の会長さんの履歴書に対する見立てでありますから、それは全くそうかも知れないと万太郎は素直に納得するのでありました。
「どこにも就職が叶わんくらいなら、常勝流の内弟子になるのも一つの選択ではないか?」
(続)
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