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お前の番だ! 18 [お前の番だ! 1 創作]

 良平は木刀を正眼に構えたものの打ちこむ隙が是路総士のどこにも見出せずに、間合いをつめる事も木刀の切っ先を動かす事も出来ずに居竦んでいると云った風情であります。彼の額の脂汗に天井に嵌めこまれた蛍光灯の光が映っているのでありました。
「どうした、打ちこんでこないのか?」
 是路総士が穏やかに良平に催促の声をかけるのでありました。良平はその声に寧ろ怖じて腰を引くような仕草をするのでありました。
「打ちこんでこないのなら、こちらから行こうか」
 是路総士はそう云いながら木刀を下段に置いたまま一歩、歩み足で良平に近づくのでありました。良平は近づかれた分慌てて及び腰で足を引いて後ろに下がるのでありました。
 是路総士はまた一歩静かに足を前に運ぶのでありましたが、良平もまたもつれるような足取りで後ろに移動するのであります。近づかれてなるものかと云う必死さが良平の足取りにはっきり表れているのでありました。
 是路総士が進む分を良平が下がるものだから、しかも是路総士の一歩より大きな一歩を以って下がるものだから、両者の距離が次第に開いていって、どう見ても対峙と云う位置関係からは逸脱して仕舞うのでありました。
「おい面能美、下がってばかりいるとその内壁に退路を阻まれるぞ」
 是路総士が笑うと、良平はちらと後ろを窺うように是路総士から視線を外すのでありました。その微妙な目線の動揺につけこんで、是路総士は畳を滑るように二歩進んで良平との間合いを一気につめるのでありましたが、良平には後退する暇がないのでありました。
 是路総士は歩を止めた後、ゆっくりと木刀を下段から正眼に上げるのでありました。その木刀は切っ先三寸で良平の木刀と静かに鎬をあわせるのでありました。
 もう良平は全く進退が叶わないのでありました。これこそ真に、蛇に睨まれた蛙と云う比喩がピタリと当て嵌まる状況であろうと、見ている万太郎は思うのでありました。
 是路総士は鎬をゆっくりと滑らせながら尚も進み、木刀の切っ先を体を硬直させて動けなくなった良平の喉元に近づけるのでありました。良平は顔を引き攣らせて、ひたひたと迫りくる切っ先の接近を為す術なく許すのでありました。
 竟に是路総士の木刀の切っ先が良平の喉元に接触するのでありました。同じく正眼に取っていた筈の良平の木刀の切っ先は、迫りくる是路総士の木刀の迫力に圧されて、僅かに是路総士の正面から逸れて仕舞っているのでありました。
「何だ、結局かかってこなかったなあ、お前」
 是路総士はそう笑って云いながら切っ先を良平の喉元から外すのでありました。良平は木刀を持った腕を力なく下げて、ようやく呼吸を許されたように喘ぐのでありました。
「よし次、折野」
 是路総士は万太郎に声をかけるのでありました。
「押忍、お願いします」
 万太郎は立ち上がると道場の隅に下げてある籠手を取って、それをきびきびとした動作で腕に嵌めて、左手に木刀を引っ提げて是路総士の前に進み出るのでありました。
(続)
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