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お前の番だ! 14 [お前の番だ! 1 創作]

「ええそうです。人吉です。履歴書の通りです」
 万太郎は履歴書に向かってこっくりして見せるのでありました。
 この捨身流と云う武道は万太郎の郷里の熊本に伝わる剣術の流派で、柔道、剣道、合気道等の現代武道程の普及はないものの、それでも熊本はおろかその道に少しは精しいところにはそれなりに鳴り響いている古武道の流派でありました。江戸初期を開基とし、流名
のごとく向いあった敵の太刀筋を一切考慮せず、捨身で頓に一撃必殺に八相の構えからの袈裟切りか下段からの胴払いを敢行するのを根本の流儀とする荒々しい剣法であります。
 勿論小学生なんぞにはその流儀の奥深いところが判るわけもないので、捨身流に伝わる初伝十二本、中伝十本、奥伝七本、それに門外不出の秘伝三本の形を稽古出来るのは中学生以上であり、それまでは防具をつけて竹刀剣道をする事になっているのでありました。また長じても捨身流の形だけではなく竹刀剣道も殆どの門弟が続けていて、試合では捨身の全精力を籠めた一刀の打ちこみに相手は大いにたじろいで、県内にある五つの捨身流剣術指南道場の門弟は地元の剣道界でもその強さで一目置かれる存在なのでありました。
「君は秘伝の形までやったのかね?」
 鳥枝会長が前に翳した万太郎の履歴書から顔半分を覗かせて聞くのでありました。
「いや、高校生以下は中伝の剣までしか伝授されません。中伝の剣にしても、つるっと形を覚える程度が精々と云うところですかねえ」
「ふうん、つるっと、ねえ」
 鳥枝会長はそう云ってまた顔全面を履歴書の向こうに隠すのでありました。
「それでも剣道では結構強いですよ」
「ほう、そうかね」
 鳥枝会長の顔がまた半分現れるのでありました。
「僕のようにちゃらんぽらんにしかやらない者でも、通っていた高校の剣道部員の誰にも一本も入れさせませんでしたから」
 万太郎は柔和な顔でそう云うのでありました。鳥枝会長はその万太郎の、聞きようによっては大言とも取れる云い草が信用に足るかどうか見極めるように、ここでようやく履歴書を前のテーブルの上に置いて少し身を乗り出して万太郎を一直線に見るのでありました。
「まあ、その気負いもなければ卑屈もなさそうな君のしれっとした顔を見ていると、満更胡散臭い大法螺と云うのでもなさそうだな、その言は」
 鳥枝会長は少し眼光を和らげるのでありました。
「捨身流か、或いは古武道全般に興味がおありなのですか?」
 今度は万太郎が訊ねるのでありました。
「実はワシは常勝流と云う武道をやっているのだよ」
「ああ、常勝流ですか」
「聞いた事があるかね、その流名を?」
「ええ、存じています。剣術もあるけどどちらかと云うと体術の方が有名ですね」
「そうだな」
(続)
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