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お前の番だ! 10 [お前の番だ! 1 創作]

「大の男が間抜け面二つも下げて、女にそんな簡単にあしらわれていてどうする」
 道場を指導に回っていた鳥枝範士があゆみと万太郎と良平組の傍に寄ってきて、技術的な指導の言葉は一つもなく、稽古を見ながらさも嘆かわし気に正坐している万太郎に云い棄てて去っていくのでありました。その云い草はまるで指導するにも値しないと云うような、男共の情けなさ加減に愛想が尽きたと云った風でありました。
 そんな事を云われてもどだい年季が違うのだからと、万太郎は顔には出さないものの心の中で大いに憤慨するのでありました。それにこちらが力で何とかしようとしても、そんなものが通用するようなあゆみの技ではないのであります。
 万太郎が固く体を構えていても、あゆみは触れた手刀の一押しでいとも簡単に彼の体を浮かせて、肩と肘を巧妙に極めて自由を奪い、後は彼女の意の儘に操られて仕舞うのであります。しかしあゆみは特に満身の力を籠めて技を施している風ではなく、あくまでもその顔つきは穏やかな無表情で、それでいて万太郎を手ひどく翻弄するのであります。
 受け側に回ってもあゆみの肩の関節はあくまでも柔らかく、しかしどうしたものかその細くて嫋やかなる腕はずっしりと重いのでありました。こちらが彼女をコントロールしようと足掻けば足掻く程、あゆみは腕の重さと肩の柔らかさと、年季の違いによる綽々たる余裕を以って、しごくあっさりとはこちらの意気ごみを吸収して仕舞うのであります。
 あゆみをどうやって制圧姿勢まで持っていくかと持て余すばかりの万太郎を、あゆみはまるで年端のいかない子供を大人が慈愛で以って慰めているかのように、一応制圧姿勢までおつきあいしてくれるのでありますが、そうとはっきり判るあゆみの動きだけに、万太郎は寧ろ余計に屈辱感を覚えないではいられないのでありました。確かにこれは情けない図ではあるかと、万太郎は一方で鳥枝範士の言葉を心の隅っこで肯うのでありました。
「よし、次の技に移る」
 鳥枝範士がまた道場中に声を響かせるのでありました。
 こうやって結局都合四本の技を稽古して、夜の七時から八時までのその日の一般門下生稽古が終了するのでありました。
「稽古止め!」
 鳥枝範士が頃あいでそう怒鳴ると、道場に広がっていた門下生が一斉に下座に退いて横一列に正坐するのでありました。
「総士先生に、礼!」
 列の一番端で皆より畳一枚前に座る鳥枝範士が号令をかけると、門下生達は見所の是路総士に対して、居住まいを正して「押忍」の発声と伴に一同揃って座礼するのでありました。それに同じく律義な礼で応えた是路総士は徐に立ち上がって神棚に一礼後、見所から降りて良平の開けた引き戸から道場を立ち去るのでありましたが、見所から降りる折に、長時間正坐していたためか膝をカクンと折って体を横に無様に傾がせるのでありました。
 それはまるで道場に入ってくる時に開き戸の敷居に躓いたのと対をなす、一連の締めくくりの儀式的な所作のようだと万太郎は思うのでありました。勿論その是路総士の失態に、失笑を漏らすような不届き千万な門下生は一人もいないのでありました。
(続)
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