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お前の番だ! 4 [お前の番だ! 1 創作]

 万太郎は特に大学の成績も芳しい方ではなく、これと云って人様に自慢出来る特技もなく、就職に有利に働くコネクションも持っていないのでありました。このような大学生は不況の木枯らしに好きなように翻弄されるしかなく、先の見えない漆黒の闇の中に延びる直線道路を、ただ足先の安全をのみ探りながらトボトボと歩き続ける夢を、万太郎は街を歩き回って疲れ果てた体を布団の中に横たえると連日、決まって見るのでありました。
 そんな或る日、何時ものように大学の就職課の前に貼り出してある各企業の就職案内の掲示の中に、鳥枝建設、と云う名前の土木建設会社の案内を認めるのでありました。大学就職課のお決まりの書式で書いてあったから、特にその案内貼り紙が目立っていたと云うのではなく、全く偶然にその掲示が万太郎の目に入ってきたと云う具合でありました。
 万太郎には特段に入りたいと思っている会社とか、やってみたい業種とか、身を置いてみたい業界とか云うのは何もないのでありました。若しもそんな志望があったとしても、この就職難の折、そう云う処に就職しようと前々から励んできた学生でもその希望がおいそれと叶う程、吹き荒れている木枯らしは弱い風速では全くないのでありましたが。
 で、彼はアルバイトで貯めたなけなしの金をはたいて、会社訪問用に大学生協で買った紺色のスーツの上着の内ポケットからメモ帖を取り出して、鳥枝建設の住所と電話番号と最寄り駅からの大雑把な道順を書き写すのでありました。ま、これも屹度ダメだろうと諦めの気持ちが先立つのでありましたが、ダメ序に回ってみるかと云う了見であります。
 鳥枝建設は地下鉄新宿三丁目駅から歩いて十分程の処にあるのでありました。新宿駅界隈の雑踏から少し離れて意外に閑寂で、鳥枝建設のあるビルの近辺には一般の民家もちらほら建っていて、豆腐屋とか総菜屋とか瓦屋根の呉服屋なんかも在るのでありました。
 社屋のエントランスの一角にスチール製の簡易長机が出ていて、その横に、会社訪問学生受付、と大書した立て看板があるのでありました。机の前には恐らく万太郎と同じ会社訪問にやって来た学生と思しきスーツにネクタイ姿、或いは学生服姿の若い男共が小脇にビニールで包まれた紙袋を挟んで、二列の不整列な行列を作っているのでありました。
 万太郎は一方の行列の最後尾につくのでありました。彼の前には七八人が並んでいて、この受付では持参した履歴書を渡して会社案内のパンフレットを貰うのみでありましたから、案外早く万太郎はスチール机向こうの若い女子社員からパンフレットと「ご苦労様です」の言葉と、奥の会議室に行けと云う指示を貰うのでありました。
 会議室の中には五十人程の学生が、室内一杯に並んでいる、受付に置いてあったものと同じスチール机の前にてんでに座っているのでありました。緊張の面持ちでキョロキョロしているのもいれば、連れ立って来たのか隣同士で何やら熱心に話しをしているのも、背筋を伸ばして瞑目して無念無想の構えを見せているのも、入り口脇に置いてある灰皿の横で腕組みしてリラックスして煙草をふかしている猛者なんかもいるのでありました。
 ほぼ席が埋まったところで、大きな白板の置いてある脇の前扉から恰幅の良い赤ら顔の男を最後尾に、それを若い屈強そうな体躯をした男と、中年の痩せた如何にも中間管理職然とした男二人が露払いするかのような感じで先導して、担当者らしきが室内に入って来るのでありました。最後尾の男が机に座っている学生共を睨め回すのでありました。
(続)
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