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お前の番だ! 2 [お前の番だ! 1 創作]

「神前に、礼!」
 鳥枝範士の大音声が道場に響くのでありましたが、是路総士の正坐からほんの少しこの発声までに間が空くのは、鳥枝範士が是路総士の入場の不手際に顔を顰めてから気を取り直すまでの時間が挟まるからでありました。とまれ、その号令に見所の上に設えられている榊の葉も瑞々しい神棚に向かって、是路総士始め下座に居並ぶ門下生が一斉に恭しく座礼をするのでありました。それが済むと是路総士は神前真正面から横にやや外れた位置に膝行で移動して、下座に並ぶ門下生一同の方に向き直って威儀を正すのでありました。
「総士先生に、礼!」
 鳥枝範士の声に、門下生一同が「押忍!」の気合の入った発声と伴に是路総士に向かって律義に首を垂れるのでありました。ここまでくると万太郎の気持ちは全くの平静に戻って、寧ろその眼球には稽古に対する意欲的な光沢すら揺蕩っているのでありました。
「稽古始め」
 是路総士の合図の声にまた一斉に門下生が「押忍!」と返して、間髪を入れず鳥枝範士がすっくと立ち上がるのでありました。是路総士は静かに見所に退いて一段高い見所の内から稽古を見守るのであります。見所に退く時に是路総士はまた少し躓くのでありました。
 門下生の前に出ると鳥枝範士は万太郎を指差すのでありました。万太郎は即座に立って鳥枝範士の方に進み出るのでありました。
「ではこれから、座取りの腕一本抑え表技、を行う」
 鳥枝範士は門下生に向かってそう云うのでありましたが、範を垂れると云う意味で万太郎を相手にこの技を皆の前で先ずやって見せるのであります。
 この腕一本抑え表技と云う技は相手が正面を手刀で打って来た時に、その腕を取って相手の肘肩をつめながら前に出て俯せに倒して肘を圧迫制圧する技であります。常勝流武道体術の基本中の基本とされている技で、この技の中に常勝流武道の精髄が漏れなく籠められていると云われている技なのでありました。その、座取り、と云うわけでありますからお互いに正坐した状態から攻防を始め、座った儘で技を施し終わると云うものであります。
 因みに常勝流武道には剣術と体術があるのでありました。遡れば斯道を創始した初代宗家である是路殷盛と云う名前の剣士が明治初頭の人で、これからは剣術よりは体術の時代であると覚悟し、艱難辛苦の末に剣術の理合いを生かした精妙な体術を創始し、体術を表技、剣を裏技として、何時如何なる場合であろうと常に吾が勝つと云う気概を「常勝流武術」と云う流名にこめたものが、一子相伝に今日まで伝えられたたものであります。それが戦後に「常勝流武道」との改名はあったものの、当代宗家の是路搖歩総士に伝えられたのでありました。また因みに戦後の改名の件は是路搖歩総士の発案になるのであります。
 鳥枝範士と万太郎は畳一間の間合いで対峙した後にお互いに一足進んで正坐すると、頃あいから万太郎が鳥枝範士の眉間を目がけて満身の力を手刀に籠めて打ちこむのでありました。鳥枝範士はその万太郎の打ちこんだ手刀を同じく手刀で受けるのでありましたが、鳥枝範士の手刀が手首に触れた瞬間、万太郎の腕に雷に打たれたような痺れが走るのでありました。腕ばかりではなくその痺れは瞬時に肩から肋骨にまで伝わるのでありました。
(続)
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