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もうじやのたわむれ 341 [もうじやのたわむれ 12 創作]

「そんなにムクれていないで、この老人に失礼の段があったのなら謝りますから、はっきりと、そのご不興の理由をお聞かせいただけないものでしょうかな」
 大酒呑太郎氏は相変わらず静かな物腰で、口の端に少々のニヤニヤ笑いを浮かべて云うのでありました。それが補佐官筆頭を余計に怒らせるのでありましたが、これも要するに、大酒呑太郎氏のおちょくりの一つであろうとも考えられるのであります。
「私の無愛想の理由は先回の出張の折、俳句がらみで私を悪趣味におちょくられた大酒さん自身が、一番良く判っておられると思っておりますが」
「はて、先回の補佐官さんの出張の折、ですか?」
「そうです。この近所の居酒屋で歓迎の宴をやっていただいて、その後宿舎で私が寝入った後に、秘かに私にされた手のこんだ無粋な悪戯を、もうお忘れになったのですかね?」
「補佐官さんが寝入った後、ねえ。いやあ、そう云われても何も覚えがありませんなあ」
 大酒呑太郎氏はニヤニヤ笑いを浮かべた儘、あくまでもトボけるのでありました。こう云う態度なんと云うものは、トボけているとちゃんと表明しているようなものであります。
「ああそうですか。あくまでもそう云って白を切られると云うのなら、私の方にはこの後にあれこれとお返しする言葉は何もありませんな」
 補佐官筆頭は不快気にそう云って椅子から立ち上がるのでありました。「私は小用に行ってきますので、ちょっと失礼しますよ」
 補佐官筆頭は部屋から出て行こうとするのでありました。大酒呑太郎氏はそれを特に止める様子も見せないで、矢張りニヤニヤ笑いを浮かべた儘、補佐官筆頭の挙措を目で追うのみでありました。その補佐官筆頭の後を追うように「私もおつきあいします」と云いながら、発羅津玄喜氏が自分の缶コーヒーを持った儘立ち上がるのでありました。
「やれやれ、随分とご立腹なご様子で」
 大酒呑太郎氏は二鬼が部屋を出たのを見送ってから、拙生の方にゆっくり顔を向けて、補佐官筆頭の今の態度を別段意にも介していないような口ぶりで云うのでありました。
「いや、私も補佐官さんの前の出張の折の、大酒さんとの経緯を少し聞き及んでおりますが、補佐官さんの今回のあのぶっきら棒な態度も、致し方ないと思いますよ」
 拙生は極力無表情に大酒呑太郎氏に向かって云うのでありました。
「いやまあ、そんな事はどうでもよろしい」
 大酒呑太郎氏は体ごと拙生に向き直るのでありました。「ところで亡者さん、唐突ですが貴方この儘、準娑婆省に留まる気はありませんかな?」
「え、どう云う事ですか?」
 拙生はたじろぎの目をして、大酒呑太郎氏を見た後、その目をおどおどと部屋に居残っている逸茂厳記氏に向けるのでありました。
「ああ、そこの御仁はちょっと眠って貰っていますから、気になさる必要はありませんよ」
 成程、逸茂厳記氏は背凭れに体を預けて両手をダラリと体側に垂らして、首を深く斜め前に倒して、微かな寝息を立てているではありませんか。これは逸茂厳記氏が飲んだ微糖の缶コーヒーの中に、眠り薬でも仕こまれていたのでありましょうや。
(続)
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