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もうじやのたわむれ 312 [もうじやのたわむれ 11 創作]

「ああそうですか。そう云う事なら」
 発羅津玄喜氏はそう云って、一礼してから席に座り直すのでありました。
「しかし準娑婆省まで二三時間かかるとなると、退屈しますよねえ」
 逸茂厳記氏が微糖の缶コーヒーを傾けながら云うのでありました。
「後で、この船の中を色々探検してみましょうか」
 発羅津玄喜氏が提案するのでありました。
「まあ、それも好し、デッキを散歩しながら川風を感じつつ三途の川の風光を愛でるのも好し、船のプールサイドのデッキチェアで昼寝を貪るも好し、それこそ自分で勝手に酒を調達してきて一人宴会をするも好し、船内に準娑婆省の諜報員が潜んでいると云う危険もないでしょうから、ここは夫々思い々々に、勝手に過ごすと云うのはどうでしょう?」
 拙生が提案するのでありました。
「いや、準娑婆省の諜報員はいないとしても、この船の中で何処にどんな危険が潜んでいるか知れませんので、亡者様は何をなさろうと全く自由ではありますが、しかし我々二鬼は常に、鬱陶しいでしょうが、亡者様の身辺に護衛として侍っております。夫々勝手に、等と我々に対する気遣いをお示しくださったのは、大変有難い限りではありますが」
 逸茂厳記氏が自分の職務への断固たる忠誠を、クールな顔で表明するのでありました。
「今の心強いお言葉に改めて篤く感謝します」
 そう云われた以上、拙生は真顔で丁寧にお辞儀するのでありました。「じゃあ手始めに外に出て、デッキを少し散歩してみましょうかな。前に乗った時には何となく気持ちの余裕がなかったせいか、この船の造作なんかもゆっくり見る事も出来ませんでしたからね」
「ああそうですか。それではお伴つかまつります」
 逸茂厳記氏と発羅津玄喜氏が一緒に立ち上がるのでありました。
「私はここに残って、準娑婆省の関係部署に連絡を入れて打ちあわせをしたり、向うに着いた後の段取りを按配したりしますので、どうぞ私抜きで遠慮なくお出かけください」
 補佐官筆頭が座席に座った儘、背広の内ポケットから携帯電話を取り出して、それを拙生に示しながら云うのでありました。
「あああそうですか。それはご苦労様です」
 拙生は一礼すると、補佐官筆頭を客室に残して、他の二鬼の護衛を引き連れてデッキに出るのでありました。川風が心地よく拙生の頬を掠めるのでありました。
 船尾の方には、結構大きなプールがあるのでありましたが、勿論人っ子一人、いや亡者っ子一亡者泳いではおらず、プールサイドに並ぶ白いデッキチェアにも人影、いや亡者影は皆無で、何となく夏休みの終わった後の、物寂しげな、娑婆の海辺のリゾートホテルの風情みたいなものが揺蕩っているのでありました。それに今のこの気温は、はたして泳ぐのに適した気温なのかどうかも、よくは判らないのでありました。上着を羽織っていても特段暑くはないのでありますから、裸になったら肌寒いに違いないと思うのであります。
 さてところで、亡者は暑いとか寒いとかの感覚はあるのでありましょうか? いやまあ、娑婆に帰る身の上となったからには、もうこう云った疑問は無意味でありましょうかな。
(続)
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