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もうじやのたわむれ 293 [もうじやのたわむれ 10 創作]

 補佐官筆頭が拙生を怖じ々々と見ながら云うのでありました。「私共の不手際で、とんでもない事態が出来して仕舞いました」
「ええと、そのとんでもない事態とは、先程、裁決書類が裁決箱から落ちた事ですね」
 拙生は口の端に少し笑いを湛えて、落ち着いて返すのでありました。
「ご存知だったのですか?」
「ええ。閻魔大王官さんが大きな嚏をされた折に、嚏と伴に出てきた鼻水を道服の袖先で一生懸命に拭っておられましたが、その袖が裁決箱の上にかかっていて、それでその袖の動きに連れて、私の裁決書類が箱から摺り落ちたのですよ」
 拙生は口の端の笑いをその儘留めて云うのでありました。「書類が落ちた事を閻魔大王官さんに知らせようと思ったのですが、何となく云いそびれて仕舞ったのです。裁決書類には大王官さん以外は誰も触ってはいけないし、閻魔大王官さんの不始末には、誰も何も云ってはいけないと前に伺っておりましたから、云うべきではないのかなとも思いましてね」
「いや、私共は何も云ってはいけませんが、亡者様は仰っていただいて構わないのですよ」
「ああそうですか。そう云う事とは露知らず、これは全く迂闊でありました」
 拙生は頭を掻くのでありました。「しかしまあ、今更もう後の祭りです」
「あのう、こう申しては何ですが、今の口ぶりから察すると、亡者様はこの事態をあんまり深刻にお考えになっていらっしゃらないようですが、これは結構大変な事なのですよ」
「そうでしょうね、私はこれで、こちらの世に生まれ変われないかも知れないのですからね。上手くすると、いや、下手をすると、娑婆へ逆戻りしなければならないのでしょう?」
 拙生は全くたじろがない様子で、どちらかと云うと呑気そうに云うのでありました。
「そう云う事態になる可能性、大です。・・・」
 補佐官筆頭は眉根を寄せて、苛々顔で肯うのでありました。
「まあそうなっても、私としてはどちらかと云うと結構と云えば結構なのですがね」
「娑婆へ逆戻りする事が結構なのですか?」
「ええまあ。なにせ私は慌ただしく娑婆にお娑婆ら、いや違ったおさらばしてきたので、向うの世に思い残すことが多々、実はありましてですねえ」
「うーむ、それはそうでしょうが、・・・」
 補佐官筆頭は腕組みして陰鬱な顔を拙生に見せるのでありました。「しかしこうなった以上、ここで狼狽えてばかりもいられませんから、善後策を講じなければなりません」
「補佐官さんはまた、準娑婆省に出張旅行ですかね?」
 拙生はニコニコしながら先回りに云うのでありました。
「そうなります。しかし困ったな。明日はウチの三男坊の大学入試の結果発表で、息子の代わりに私が車で、発表を見に行く事になっていたと云うのに。全くうっかり迂闊の助爺さんのおかげで、また女房に叱られて仕舞いますわ。考えたら今朝の寝起きの夢見が悪かったんですよね。道ですぐ前にいたご老人、いや、老霊が転んで仕舞いましてね。それを傍から見ていた通行人、いや通行霊や鬼やらの目には、私が後ろから押し倒したように見えたらしくて、大勢に取り囲まれて、散々怒鳴られたり小突かれたりした夢だったんです」
(続)
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