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もうじやのたわむれ 263 [もうじやのたわむれ 9 創作]

 折角楚々野淑美さんの事を思い返そうとしているのに、何やら雑念ばかりが頭蓋の内側で展開して仕舞うのは、これは娑婆時代の、寝る間際の我が脳の働きと全く同じであります。あらま欲しき方向にちっとも思考が向かわない事にうんざりして、拙生は仕切り直しに酒をぐっと空けて、楚々野淑美さんの事に思いを集中しようとするのでありました。
 しかしどうした事か碗を持った右手が、拙生の意に反して麻痺したように動こうとしないのでありました。これは一体どう云う按配でありましょうか。
 億劫ガスが相当強く作用してきたのでありましょうか。ほんの数秒後には、拙生のこの仮の姿の中にある脳が働きを止めて、拙生は眠りの中に入って仕舞うのでありましょうか。ま、それならそれで別に構わないのでありますが、しかし未だ手にしている碗の中には酒が残っている筈であります。この儘意識を失って手の力が抜けて仕舞うと。碗を取り落として、中の酒が零れて仕舞うではありませんか。それは何とも勿体ない事であります。残って、いる、酒、だけでも、飲んで、仕舞わなく、ちゃ。・・・。残っている、酒だけ、・・・。
 と云う感じで、拙生は結局その儘寝入って仕舞ったのでありました。・・・酒だけ、でも、飲んで、仕舞わなく、・・・、ちゃ! と云いながら、拙生は起き上がるのでありました。すっかり朝になっているのでありました。右手はちゃんと碗を持った儘で、中の酒も零れてはいないのでありました。拙生は反射的にそれを喉の中に流しこむのでありました。それでやっとほっとするのでありました。懸案解決であります。何とも意地汚い事であります。
 結局、楚々野淑美さんの面影を追いながら、やや甘美な思念の中で安らかに眠りにつく事は叶いませんでしたが、ま、それは仕方がないとあっさり思い直して、拙生は空になった碗をサイドテーブルの上に置くのでありました。それからベッドを抜けて立ち上がると、着替えを持ってバスルームの方に向かうのでありました。これから寝覚めのシャワーを浴びて、気分もさっぱり、また爽快に今日の一日を始めようと思うのであります。
 今日は閻魔大王官に、生まれ変わり地を申告する最終審理の日であります。今日の審理が、云ってみれば拙生のこちらの世での一生が決まる端緒、となると云えるのでありますが、しかし別に特段の気負いも緊張もないのでありました。もう生まれ変わり地は邪馬台郡と、とっくに決めているのでありますし、そこは娑婆の日本と同じような感じの場所で、実見もちゃんと済ましているのでありますから、実に以って気楽なものであります。
 拙生はこの部屋に入る以前に着ていた、元々の服に着替えるのでありました。まさかこの部屋に用意されていた服をその儘着て出て行くのは、如何にも無神経でありエチケットに反するであろうと判断したからでありましたし、それがこの宿泊施設を利用させてもらった亡者の、云わば嗜みと云うものであろうと、一応律義に考えたからであります。まあ、着替えなくとも別にそれでも誰も、文句は云わないであろうとは思うのでありましたが。
 上着のポケットに入れた儘にしていた、閻魔大王官の最終審理の受付票がちゃんとある事を確認してから、フロントに返却すべき携帯電話やらメモ帖やらも一纏めに、空いているポケットに押しこむのでありました。観光案内のリーフレットとか施設案内のパンフレットは、返却した方が良いのかどうか少し迷うのでありました。観光絵地図にはコンシェルジュに依る書きこみもしてありますし、再利用は出来ないでありましょうから。
(続)
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