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もうじやのたわむれ 240 [もうじやのたわむれ 8 創作]

「お一つ如何でしょう?」
 拙生の左横のスカートの女性が日本酒の徳利を翳して拙生に云うのでありました。
「ああ、これはどうも」
 拙生は中に残っていた酒を口の中に空けてから、猪口を女性の翳した徳利の口前に差し出すのでありました。スカートの女性、確か名前は楚々野淑美さんが、拙生の猪口に楚々とした手つきで酒を注いでくれるのでありました。この楚々野淑美さんと云う女性は、今までずっと寡黙に、我々の会話に自ら進んで口を挿む事は殆どしないで、ただ微笑みを浮かべてそれを聴いているだけなのでありました。その様子もグッと大人びていて、他の二鬼とは少し雰囲気が違います。この三鬼の女性達はどう云う知りあいなのでありましょう。
「貴方はどう云った男性がお好みですかな?」
 拙生は楚々野淑美さんが両手のか細い指で徳利を持って、日本酒を拙生の猪口に注す手つきを見ながら訊くのでありました。「矢張り無愛想で腕っ節の強い男性がタイプですか?」
「いえ、あたしはそう云う方は、・・・」
 楚々野淑美さんは微笑みを湛えた儘、ゆっくり控え目に首を横にふるのでありました。その控え目なところが返って、きっぱりとした否定である事を訴えているのでありました。
「ほう。そうすると、想像するに、ひょっとしたら細身でやや面窶れがあって、浴衣なんかを着崩しに着て、バサッと垂れた前髪が、険がありながらしかし優しげでもある片目を隠していて、時々肺に疾患のあるような咳をして、笑うと目尻にシニカルな色が浮かぶけれど、しかし妙にあどけない印象も見逃せないような、そんな男なんかでしょうかね?」
「何か、まわりくどそうな方ですね」
 楚々野淑美さんは眉根に皺を寄せて、情けなさそうな顔をして見せるのでありました。
「いやこれは面目ない。まわりくどいのは私の描写の方ですかな。こんなんじゃあ上手くイメージ出来ないですよねえ、私の云わんとした男の様子が?」
 拙生は嘗て娑婆にいた、小説家の太宰治とかその辺の雰囲気を実はイメージしているのでありましたが、前に審問官か記録官から聞いた、こちらにいる無頼派と呼ばれる一群の作家の話しをふと思い出して、そう云う男を表現しようとしたのでありました。いやしかし考えたら、こう云う雰囲気の男は、太宰治と云うよりは、それより前に活躍した芥川龍之介辺りの写真のイメージかも知れませんが。ところでそう云えば、芥川龍之介はこちらに生まれ変わって後、はてさてどう云う霊になっているのでありましょうか。細い糸のようなロープを肩に担いで、地獄省と極楽省を行ったり来たりしているのかも知れません。
「まあ、なんとなくは判りますけど」
 楚々野淑美さんは申しわけなさそうに拙生に頭を下げるのでありました。
「今時そんな男、いるわけないじゃない」
 藍教亜留代さんが頓狂な声で口を挟むのでありました。「そんな男、ダサ過ぎ!」
「高校時代に、国語の邪馬台文学史で、第二次省界大戦後の一時期、生きていく確固たる規範を喪失した人間を描いた、そんな感じの一群の小説家がいたって習ったかな。俺はあんまり小説とか昔から興味がないから、そいつらの小説を読んだ事はないけどさ」
(続)
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