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もうじやのたわむれ 238 [もうじやのたわむれ 8 創作]

「そんなげんなりするような無駄口叩いていないで、歌え、発羅津」
 逸茂厳記氏がたじろぎを隠して命令口調で云うのでありました。
「そうよ。カラオケに来て話してばかりじゃつまらないじゃない」
 エミさんが愛嬌のある顰め面で同調するのでありました。
「お二鬼の息のあったお小言を有難うございます」
 発羅津玄喜氏がニヤニヤと笑いながら、あくまで先輩をからかうのでありました。「そんじゃあ、まあ、一曲つかまつりましょうかね、先輩の頭から角が出ない内に」
 そう云うと発羅津玄喜氏は歌詞集を取り上げるのでありました。
 発羅津玄喜氏が歌った曲は、拙生は全く初耳でありました。娑婆にその歌はないでありましょう。まあ、拙生が知らないだけで、実はあったのかも知れませんが。
「それは何と云う曲ですか?」
 歌が終わってから拙生は発羅津玄喜氏に訊くのでありました。
「これは今こちらで流行っている歌謡曲で、晩生の男の恋心を切々と詠った、オクターボと云う名前の八人グループの『晩生のオクテット』と云うオクテ尽くしの曲です」
「ふうん。そう云えば歌の始まる前に、そこのテレビの画面にそんなような曲名が出ていましたね。そんな歌は娑婆にはありませんでしたね、確か」
「ああそうですか。八重唱と云うのが珍しくて、今こちらでは話題の曲です」
 話題の曲かどうかは別にしても、要するに、発羅津玄喜氏のとことん先輩をからかおうと云う魂胆からの選曲でありましょう。
「俺も歌うぞ」
 逸茂厳記氏が無愛想な顔で歌詞集を取り上げるのでありました。
 逸茂厳記氏が歌った曲は『鬼生劇場』という演歌調のもので、これは娑婆の『人生劇場』とほぼ同じ歌詞でありました。なかなかに男臭い歌であります。
 しかし如何せん今般の若い衆が愛唱するような歌ではないようで、この逸茂厳記先輩の歌に、発羅津玄喜氏と藍教亜留代女史は顔を秘かに見あわせて、なんとなく困ったような白けたような表情をするのでありました。困ったような白けたような顔をしたのは、要するにそんな古めかしい無粋な歌なんぞを得意になって歌っても、横に座っている志柔エミさんの気持ちは微塵も靡かないであろうと云う心配、或いは落胆からなのでありましょう。この二人、いや二鬼、どうやら期せずして逸茂厳記氏と志柔エミさんの間を、この場で同席したのを所縁として、取り持とうかなと云う仲人の了見になっているようであります。
 しかし意外や意外、志柔エミさんは横の逸茂厳記氏の歌う様子を、何となく熱い視線で眺めているように見えるのでありました。まあ、人の好みは十人十色、いや違った、鬼の好みは十鬼十色、であります。この『鬼生劇場』と云う歌とそれを熱唱する逸茂厳記氏が、傍が窺い知れぬ程、志柔エミさんの目には大いに好ましく映っているのかも知れません。
 この全く意外な志柔エミさんの反応に気づいたのは、発羅津玄喜氏とそのフィアンセの藍教亜留代女史も同様のようであります。二人して呆気に取られたような顔つきで、身じろぎも忘れて、逸茂厳記氏と志柔エミさんの顔色を見比べているのでありました。
(続)
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