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もうじやのたわむれ 227 [もうじやのたわむれ 8 創作]

 拙生の両隣に座っている逸茂厳記氏と発羅津玄喜氏は、高座の上の落語家の噺や仕草を観ながら体を揺すって笑いこけたり、曲芸師の鮮やかな手際に手を叩いて喜んだりしているのでありましたが、拙生は何となく、笑いはするものの、頬の皮が固くなったようにしか笑えないのでありました。恰も拙生の尻と客席の椅子の形状との相性が悪いように、拙生は落ち着きなく、頻繁に座る姿勢を変えたり足を組んだりするのでありました。
「いやあ、初めて寄席に来ましたが、実に面白いものですねえ」
 トリの師匠の高座が終わって、師匠の「有難うございました。お忘れ物のございませんように」の声を残して緞帳が下りると、逸茂厳記氏が椅子から立ち上がりながら、頬に未だ笑いの残滓を留めた儘で拙生に云うのでありました。
「私もこんなにじっくり、取っ替え引っ替え落語を聞いた事はなかったのですが、結構充実感がありますね。紙切りの芸なんかも惹きこまれるようでした」
 発羅津玄喜氏が肯うのでありました。
「またちょくちょく来たいものです」
 そう云う逸茂厳記氏の頬に残った笑いが、なかなか消えないのでありました。
「先輩、そう云う折は是非ご一緒させていただきます」
 発羅津玄喜氏がきびきびした体育会系のお辞儀をしながら、しかし頬の緩んだ顔で逸茂厳記氏に次回の同行を熱く強請るのでありました。
「どうでしょう、満足されましたでしょうか?」
 逸茂厳記氏が拙生に問うのでありました。
「ええ、まあ」
「あれ、然程でもないような感じですねえ?」
「いやまあ、面白かったは面白かったのですが、なんと云うのか。・・・」
「期待したほどは面白くなかったと云う事で?」
 別に拙生に対するそんな義理はどこにもないのでありましたが、逸茂厳記氏は顔から笑いをすっかり消して、恰も自慢の接待に、思ったよりは喜ばなかった取引先の様子を見た営業マンのような、たじろいだような、情けなさそうな顔をして見せるのでありました。
「まあ、娑婆でお馴染の名前の噺家が出て来ても声も顔も違うし、向うの面影がまるでなかったりするものですから、私としては少々戸惑いの方が先に立って仕舞いましてね」
「ああ成程ね。そう云う事ですか」
「矢張りこう云う処へは、生まれ変わった後に来た方が良かったようですね」
 拙生のその言葉に逸茂厳記氏と発羅津玄喜氏は揃って、先程の笑い顔は何処へやら、急に気落ちした面持ちになるのでありました。
「その辺にまでは考えが回りませんでした」
「いや、護衛担当だけの貴方達が、そんなに立つ瀬がないような顔をする必要は全くありませんよ。寄席へ行ってみたいとリクエストしたのはこの私なのですから」
「まあ、そうですが、何となく私としてはそう云う残念な結果になって仕舞った事が、申しわけないような気もしたりなんかするのですけど。・・・」
(続)
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