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もうじやのたわむれ 224 [もうじやのたわむれ 8 創作]

 街の中をつるっと回って日比谷公園に帰ってくると、丁度昼休み時間になったようで、公園の中には多くの霊が出ているのでありました。ぽつんと一人、いや一霊でベンチに座って携帯電話片手にパンを齧っている霊あり、三四霊で賑やかに弁当を広げている霊あり、公園内の散歩を楽しむカップルあり、或いは会社で着替えてきたのかスポーツウエアに身を包んで、ベンチを使ってストレッチ運動をしている霊もいるのでありました。
「公園のこう云う光景は、娑婆の日比谷公園とそんなに違いはないですね」
 拙生は公園内を見渡しながら云うのでありました。
「そうですか。昼休み時分の公園の様子なんと云うのは、何処も同じなのでしょうかね」
 逸茂厳記氏が同じように顔を方々に向けながら云うのでありました。
「こうして見ていると、邪馬台郡では住霊に対する仕事の絶対量が不足していて、働き口のない霊が大勢いるなんと閻魔大王官に聞いていたのですが、その説はあんまり現実味がないように思われますね。人出、いや霊出も多いし、皆きちんとした身なりをしていますし、表情も明るそうですし、如何にも失業者然とした霊なんかは全く見当たりませんし」
「まあ、この辺はこんな感じですが、西に南に北に邪馬台郡の中央を外れるに従って、次第に見かける霊の数も少なくなっていきますし、街の様子も寂しくなっていきます。農村では一軒当たりの耕地面積が小さいですから、若い者は多く近隣の工業団地なんかに流れて仕舞います。その工業団地にしても流入霊口に対して、総て就職口が確保されているわけではありませんからね。矢張り邪馬台郡は、未だ々々発展途上と云うべきでしょうね」
「ああそうですか。しかし娑婆の日本でも矢張り若い連中は都会に出たがりますし、多寡の波はあるにしろ失業者は絶対にいなくなりませんでしたがね。農村の崩壊とか、過疎とか、地域格差とか、一極集中とか、そう云った問題は先進工業国であり高度に資本主義が発達した、人口も一億人を越える娑婆の日本国にもある同じような問題ですからねえ」
「まあそうでしょうが、しかしこの邪馬台郡は先進工業地方でもないし、高度な資本主義システムの移植も充分ではありませんから、問題の切実さが娑婆の日本国とは雲と泥程も違うのだと思います。この辺の、邪馬台郡中央部に生まれた霊はまだしも恵まれているとしても、辺境に生まれた霊はなかなか厳しいものがあるようですよ。ま、そう云う身過ぎ世過ぎの道と霊としての幸福は、同一の地平では論じられない問題かも知れませんがね」
「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足って栄辱を知る、なんと云う言葉がありますなあ」
「おお、一定範囲に於いて達意ですなあ。それはどなたの言葉でしょうか?」
「娑婆の大昔の中国は春秋時代、斉と云う国の宰相であった管仲と云う人の言葉です」
「なんとなくその方は、高校生の頃の社会科の、娑婆史の時間に習ったような気がします」
 逸茂厳記氏は視線を拙生から離して、遠い虚空の一点に投げて、高校生だった頃の記憶を思い出すような表情をするのでありました。
「娑婆史、ですか?」
 拙生が訊くのでありました。
「そうです。高校の社会科の授業に、地理、政治経済、倫理社会、それに歴史として地獄史、この世史、それから娑婆史と云うのがあるのです」
(続)
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