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もうじやのたわむれ 205 [もうじやのたわむれ 7 創作]

「では出発いたしましょうか」
 逸茂厳記氏の言葉に拙生は立ち上がるのでありました。
「では、安奈伊さん、ご案内有難うございました」
 これは拙生がコンシェルジュに云う言葉でありました。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 コンシェルジュも立ちあがって拙生にお辞儀をするのでありました。
 拙生がエレベーターホールの方に足を向けようとすると、逸茂厳記氏が拙生の顔の前に掌を差し出すのでありました。
「ああいやいや、今日はこちらでお車を出しますので、それでお観光をいたしましょう」
「え、専用の車で観光するのですか?」
「はい。警護の都合上そう云う事になります」
「いやそれは返って助かりますなあ。公共交通機関ではこちらの地理に不案内な私には、乗り換えとかその辺が、何かと面倒かなと思っていたところでした」
「そうでしょうね。娑婆の観光タクシーのような感覚でいらして結構ですよ。要所々々で煩くないようでしたら、私が案内役をやらせていただきますから」
「それは何とも恐れ入りますなあ」
「いやまあ、気になさらずに。一般的なサービスの範囲です」
 逸茂厳記氏が掌を横にふりながら、先のコンシェルジュと同じ事を云うのでありました。
 と云う事で、我々はフロント奥にある職員専用のドアからロビーを出て、職員専用のエレベーターで一階まで降りると、職員専用の出入口から宿泊施設の外に出るのでありました。外には、ドアに閻魔庁と特太ゴシック体で書いてある、昨日警察署まで拙生と鵜方氏を迎えに来てくれた車と同じ大型のバンが、玄関脇に横づけされているのでありました。
 逸茂厳記氏の相棒の発羅津玄喜氏が拙生の先回りをして、後部座席のドアを開けてくれるのでありました。拙生は、ああどうも、と云いながら車に乗りこむのでありました。
 発羅津玄喜氏が運転席に、逸茂厳記氏が助手席に座るのでありました。
「では出発進行!」
 逸茂厳記氏が娑婆の駅員みたいにきびきびした動作で、律義に前方を指差しながら云うと、車はそろりそろりと動き出すのでありました。
「若し車酔いみたいな症状が出たら、遠慮なく云ってください」
 逸茂厳記氏が後部座席の拙生をふり返りながら云うのでありました。
「はい。ご配慮有難うございます。私は娑婆では旅行に出ても、車に限らず船でも電車でも飛行機でも、乗り物には至って強い方でしたから大丈夫でしょう。しかしこの、こちらに生まれ変わるまでの仮の姿たるこの私の身体が、車酔いなんかするのでしょうか?」
「そうみたいですよ。どう云う按配なのか小難しい事は私には判りませんが、前に車酔いされた亡者の方がいらっしゃいましたから」
「へえ、そうですか。食い物はどんなに腹につめこんでも一向に大丈夫だったし、昨日の散歩でかなり歩き回っても疲労も感じませんでしたが、車には酔うんですね」
(続)
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