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もうじやのたわむれ 201 [もうじやのたわむれ 7 創作]

「地名のついた由来が様々だからでしょうかね?」
「そうですね。さらっと娑婆と全く同じ地名がついている処もあれば、諸事情に因りそうでない処もあります。最近あちらこちらで住居表示が実施されて古い由緒ある地名が消えて仕舞うのは、個人的には寂しい思いがありますが、ま、傾向としては娑婆の地名をその儘拝借したり、娑婆での古称を敢えてつけたりするのが新住居表示の流行りでしょうかな」
 拙生はその、諸事情に因り、と云う辺りをじっくり質問してみたい気がするのでありました。今までの審問官と記録官、閻魔大王官と補佐官筆頭、この目の前のコンシェルジュと話しをした辺りから勘繰れば、ひょっとしたら我々亡者と会話をする時に、何となく面白い地口として成立し易いか否か、なんと云う実に下らない理由が、その諸事情の真相ではないかとも思えてくるのであります。まあしかしそれは拙生のこれから敢行せんとしている、閻魔庁周辺名所旧跡巡り散歩一日コースには直接の関係はない質問ではありますが。
「江戸川が流れていて、そこには矢切りの渡しと云うのがあって、対岸の、先に話しに出た小説家さんの自宅がある、市川と云う処まで小舟が往来しているのでしょうかね?」
「いや、江戸川と云う川は流れていません。流れているのは三途の川です」
「ああそうですか。と云う事は、対岸は市川ではなくて準娑婆省になるわけだ」
「そうですね。ですから往来する船は亡者様を運ぶ豪華客船です。小舟ではありません。尤もその客船は閻魔庁の港湾施設を使用しますから、柴又辺りはルートではありません」
「そうすると、矢切りの渡しというのもないわけですね?」
「渡し場はありませんが、三途の川で釣りをするお客さん用の釣り船とか、ボート遊びのためのちょっとした桟橋はあります。昔は釣り船の船頭は近くの農家のオヤジさんなんかが兼業していて、そのためか仕事ぶりが何となく意欲的でなくて、無愛想な感じだったものだから、お義理の渡し、と云う名称になっておりました。ま、渡し、ではないのですが」
「ふうん。矢切りの渡し、ではなくて、お義理の渡し、ですか。お義理にもあんまり味わいのある名前だとは云い難いですなあ」
「まあそうですかな。しかし近年の釣りブームで、至れり尽くせりのサービスを売りものにする、専業の豪華な釣り船なんかも登場しております。釣った魚をその場で捌いて寿司にして出してくれるサービスなんかが特に好評でしてね、それで最近は、にぎりの渡し、なんと云う名前に変更されると云う話しです。未だ決定したわけではありませんが」
「にぎりの渡し、ですか。益々間抜けな感じですね、それでは」
 夜間のお客は、夜釣りの渡し。船賃をまけろとゴネる釣り客は、値切りの渡し。金を返さない客は、不義理の渡し。他所の家の六畳間に住んでいる客は、間借りの渡し。考古学をやっている客は、矢尻の渡し。板金工なら、ヤスリの渡し。旅館経営者は、宿りの渡し。田圃に立っているのが山田の案山子。夜警で生活している人は夜勤の暮らし。・・・女っ誑に春の嵐、ワサビは辛し、餌は小出し、雪駄は素足、足もと暗し、夏来にけらし、・・・
「何をニヤニヤされたり、口を窄めたりされているのでしょうか?」
 コンシェルジュが暫し黙って仕舞った拙生に訊くのでありました。
「いや、別に何でもありません」
(続)
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