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もうじやのたわむれ 199 [もうじやのたわむれ 7 創作]

「頂上ではありませんが地上八メートルのところに、確かにスピーカーが取りつけられております。町会の連絡とか、小学生に帰宅時間を知らせる時なんかに使われておりますよ」
「なんか邪馬台郡のシンボルの割には、ちまっとした使われ方ですね」
 拙生はデスクについていた片肘を縁から滑り落として、少しずっこけながら云うのでありました。「その次に書いてある、深草(下町情緒)、としてあるのは?」
「そこは第二次省界大戦前は邪馬台郡一の盛り場だった処でして、喧騒寺と云うお寺の門前町になりますかな。お寺の参道に沿ってお土産屋さんとか饅頭屋さんとか、その他色々な店が並んでいて賑やかですよ。仲見世と云います。お寺の境内では、夏はほおずき市、それに暮れには羽子板市なんかが立って、昔ながらのしっとりした下町情緒が味わえます」
「娑婆の浅草みたいな処ですかな?」
「聞くところに依れば、娑婆の浅草と云う処に似ていると云う事です」
「深草の喧騒寺ねえ。・・・」
 拙生は腕組みをして少々首を傾げるのでありました。
「お寺だけではなくて町内一円にも、古くから在る蕎麦屋とか鰻屋とか、すき焼き屋とか泥鰌汁屋とかが点在しております。創業二千何百年なんと云う店もありますよ。それに映画館やら寄席やらストリップ小屋なんかが集まる、深草八区と云う街区もあります」
「邪馬台銀座商店街近くの映画・興行街とはまた違うのでしょうか?」
「邪馬台銀座近くの映画・興行街は第二次省界大戦後に、深草八区にあった映画館やら寄席やらが戦災に遭った深草から移転して興された街です。今ではそちらの方が賑やかになって仕舞いましたが、戦前は深草が邪馬台郡随一の繁華街だったのです。今でも深草に残って営業している老舗の映画館やら寄席やらもありはしますが、しかし往時の繁栄は遠い夢となって仕舞いましたかな。何となく時代に取り残された街と云った風情があって、しかしその哀愁の霧泥むように揺蕩う雰囲気が、深草と云う街を魅力的にしてもいるのです」
「益々、娑婆の浅草みたいな感じですね」
「ああそうですか。深草は有名な小説家の方々も愛して止まない街で、その人達の作品にもよく登場しますし、或る作家などは晩年の一時期、一人で深草に行くのを日課のようにしていて、気に入ったレストランやらで昼食を摂ったり、ブラブラと近辺を散歩したり、ストリップ小屋の楽屋に入り浸ったり、嫌いだと公言していた映画を観ながら時間を潰したりして、日が暮れると市川と云う処に在る自宅まで電車に乗って帰っていたようです」
「それはひょっとしたら、永井荷風と云う名前の小説家ではありませんか?」
「いや、そう云う名前ではなかったように思います」
 それはそうでしょうかな。荷風散人が向こうの世を去って未だ五十有余年ですから、平均寿命約八百歳のこちらの世では、未だ全く売れない若手作家の類に入るか、若しくは未だ小説筆記のための筆も取り上げてもいないに違いありません。
「次に書いてある、お茶のお湯、と云うのは?」
「お茶のお湯は学生街です。近くに帰去来堂と云うハラショー正教の教会があります」
「お茶の水、ではないのですか?」
(続)
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