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もうじやのたわむれ 185 [もうじやのたわむれ 7 創作]

 拙生と鵜方氏は満足の笑みを片頬に浮べながら、カップの熱い縁に唇を恐る々々当てているのでありました。コーヒーを数口啜っている間、我々は暫し黙るのでありました。
「こちらの世でも合気道を続ける積りはおありですか?」
 拙生がカップから口を離して訊くのでありました。
「まあ、娑婆での記憶が蘇った後に、出来るのならば続けたいとは今思いますが、しかし生まれ変わった後の私が、どう云う了見になっているかは今現在不確定ですし、それに娑婆にいた頃と体の条件も変わっているでしょうし、娑婆で積んだ修行の成果はすっかり消滅しているのでしょうから、やるとしてもまた一からやり直しと云う事になりますかな」
「なんか如何にも勿体ないですよね。せっかくそんなにお強いと云うのに、その強さが生まれ変わった後には帳消しになっているなんというのは」
「いやあ、私など大した事はありませんよ」
 鵜方氏は謙遜するのでありました。「私なんかよりも、娑婆で名人達人の域に達した諸先輩方が、こちらの世でどう云う風になっておられるのか、どう云う風に暮らしておられるのか、こちらでも合気道で大家となられているのか、その辺は興味がありますがね」
「娑婆で師匠だったお方に、また師事する事になるかも知れませんよ」
「そうですね。しかし娑婆での人間関係は、こちらの世に生まれたら記憶は淡く蘇ってもすっかり消滅するらしいですから、全く新たに再び師弟関係を築く事になるでしょうね」
「ああ、そうなりますね」
 拙生はそう云った後にコーヒーを飲み干すのでありました。
「ま、生まれ変わってみてのお楽しみ、と云う事ですな」
 鵜方氏も顎を突き出して天井に顔を向けて、コーヒーカップに残っていた最後の一口を喉に流しこむのでありました。後鵜方氏は空になった自分のカップを傍らのテーブルに戻し、拙生のも受け取ってその横に置いてくれるのでありました。
「いやあ、今日は面白かったですな」
 鵜方氏がそう云って立ち上がるのでありました。どうやらこれにて部屋の方へ引き取る積りなのでありましょう。拙生も遅れて立ち上がるのでありました。
「こちらこそご一緒していただいて、大変感謝いたしております。実に以って有り難かったです。若し貴方がいらっしゃらなかったら、私は今頃、あの四鬼の男共に拉致されて、三途の川の暗がりに浮かぶ準娑婆省の工作船に乗せられているところでしたよ」
 拙生はそう云ってお礼のお辞儀をするのでありました。
「まあ、貴方は明日も明後日も、旅行気分の気儘な思い悩みの時間をお過ごしになるのでしょうから、散歩でこの建物の外に出られる時には充分注意をしてください」
「ご忠告、肝に銘じます」
「私の方は一足先にこちらの世に霊として生まれ変わっておりますから、ひょっとしたら産まれたての霊の赤ちゃんとして、産科病院の窓から、貴方が観光ガイドの絵地図を片手に、前の通りを歩いておられるお姿をお見かけするかも知れませんね。ま、産まれたての赤ちゃんですから、泣くのに忙しくて、窓の外を見る余裕なんかないかも知れませんが」
(続)
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