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もうじやのたわむれ 178 [もうじやのたわむれ 6 創作]

 鵜方氏は手を横に何度かふるのでありました。「こんな遅くなってふらふら歩いているのは危ないぜ、とか何とかニヤニヤしながら云って、公園の木の間から出てきたのです」
「ああ、成程ね」
 刑事はまた調書にその旨書きこむのでありました。
 後は微に入り細に入り件の暴漢と我々の遣り取りや格闘の一部始終を、鵜方氏が合気道の技の名前なんかも織り交ぜて、刑事にクールな語調で話すのでありました。離れた位置で傍観していただけの拙生は、この後の話しに於いて出る幕は全くないのでありました。
 あらかた聴取が終わったところで、拙生がなんとなく鵜方氏に云うのでありました。
「なんか、腹が減ってきましたねえ」
 これはカツ丼の出前を取りましょうかとか何とか、刑事が気を利かせて云い出すのを期待して、実は刑事に聞かせるために口に上せた言葉でありました。
「いや、私は特に」
 鵜方氏はそう云って首を横にふるのでありました。「大体我々のこの今の体は、基本的に腹の減らない作りになっているのですから、そう云うのはないはずではありませんか?」
「いやまあ、それはそうですが、・・・」
 拙生は口籠って、刑事の方を上目で見るのでありました。
「ひょっとしたら娑婆のテレビの刑事ドラマのように、取り調べの後で、襲った方の暴漢達にはカツ丼とかがふるまわれたりしているのではないか、なんとお考えになって、その辺を探ろうと云う了見で、そんな事をまわりくどく云い出されたのでしょうかね?」
 刑事がニヤニヤと笑いながら拙生に云うのでありました。
「いや流石刑事さんですね。ご明察であります」
 拙生は苦笑って、お辞儀しながら頭を掻くのでありました。
「いや、取り調べが長時間に及ぶ場合は、人道的、いや霊道的見地から食事の時間を設けたりしますが、基本的にはカツ丼の出前を取る、なんと云う事はいたしません。テレビのコントなんかではよく、取り調べ室に蕎麦屋の出前の兄ちゃんが岡持を持って入って来て、容疑者の前にカツ丼を置いて、毎度有り、とか何とか云いながら出て行く場面があったりしますが、そんな部外者が取調室に入るなんと云う事は出来ませんし、容疑者の食事は署内の食堂から取調官が運んできます。ま、それが偶々カツ丼の場合もありはしますがね。それにそう云った食事はふるまいではなくて、後で代金をちゃんと請求いたしますよ」
「ああ、そう云うものですか」
 拙生は真顔で数度頷くのでありました。「これは大いに勉強になりました」
「今の時間はもう署内の食堂もやっておりませんので、貴方達を襲ったあの暴漢達には明日の朝まで食事は出ません。連中は取り調べが終われば、後は留置所で寝るだけです」
 刑事のそう云う説明が済んだ辺りで、出入口のドアがいきなりノックされるのでありました。ドア横に立っていた南派出所の警官がすぐさま扉を引き開けて、顔だけを外に出して応対するのでありました。そうですか、とか、はいはい、とか、了解しました、とか云う警官の声が聞こえてくるのでありました。訪れた誰かと話しをしているようであります。
(続)
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