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もうじやのたわむれ 162 [もうじやのたわむれ 6 創作]

「ああ、そうでしたね。どうも私には記憶の錯綜があるみたいだ」
 鵜方氏が自分の後頭部を掌で叩きながら云うのでありました。
「別の店ですけど、しかし確かに噴水のあるマンモス喫茶がありましたよ、新宿に。名前はもうすっかり忘れて仕舞いましたが。そこのマッチは、擦ると青やらオレンジやらの火が出るやつでしたね。未だ煙草を吸っている頃でしたので、そのマッチで火を点けると、普通のマッチで点火するよりは、なんとなく煙草が美味いような気なんぞしましたよ」
「いや、そのマッチはカトレアのマッチですよ」
 鵜方氏が拙生の言を訂正するのでありました。
「ありゃ、そうでしたっけ?」
「カトレアの記憶があやふやな私がこんな事を云うと、なんか説得力に欠けますが、しかしそのマッチの記憶は間違いありませんよ」
「ええと、そう云われれば、そうだったような気がしてきましたが、・・・」
 拙生は鵜方氏の指摘に抗う自信は全くないのでありました。「さすれば、私の記憶も、あんまり当てにはならないと云う事ですかな」
 鵜方氏の真似をして拙生も後頭部を叩くのでありました。
「新宿界隈の喫茶店は、娑婆の学生時代によく行ったのですが、もう遠い昔の思い出です。あの頃は到る所に喫茶店がありましたよね。大きいのやら小さいのやらが」
「そうですね。新宿と云えばDUGと云うジャズ喫茶もありましたね。ここもかなり大きくて、四階までだったかありましたかな」
「ああ、その店は私が娑婆をお娑婆ら、いや違った、おさらばする時もまだ在りました。しかし前の店ではなくて、近所のビルの地下に移転して、ぐっと小さくなりましたがね」
「ああそうでしたか」
 拙生はその情報は知らない儘で娑婆をお娑婆ら、いやおさらばしたのでありました。「同じDUGが紀伊国屋の裏手の方にもあったんじゃなかったですかね?」
「そうでしたかね。そちらは、私は知りません」
「お茶の水にもウィーンとか田園とか云うマンモス喫茶がありました。生前に最初に就職した会社が神保町にありましたから、そう云う店へもよく行きましたよ」
 拙生は新宿を離れるのでありました。
「神保町だったらラドリオと云う店に行っておりましたね、私は」
 鵜方氏が云うのでありました。
「おお、ラドリオなら私もよく行きました。ホット、なんぞとぞんざいな注文をすると、ウィンナコーヒーが出てくる処ですよね」
「そうそう。店の奥に、なんか妙に古めかしいバーが一緒にある喫茶店です」
「それと、トロワ・バグと云う喫茶店は御存じないですか?」
「ああ、知っています、神保町交差点の処の、ネル挽きコーヒーを出す、値段高めの」
「そうそう、それに白山通りを水道橋の方に少し歩いて脇道に入った処に在った白楽とか、なかなか拘りのある魅力的な喫茶店がありましたなあ」
(続)
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