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もうじやのたわむれ 160 [もうじやのたわむれ 6 創作]

 入口の前に立つと自動ドアが開くのでありました。一応ドアは質量のない亡者も感知出来る仕様のようであります。それから、ドアが開いても一般の霊達の目には、ただドアが開いただけで、誰もそこから入ってこないと云う奇妙な光景が展開するのでありましょう。しかしここら辺の霊は、屹度亡者との共存に慣れた連中が多いためなのか、店の中の客達はちらと一瞥は投げるにしろ、開いたドアから誰も入って来ないと云う現象には殆ど興味を示す事もなく、何もなかったような面持ちでコーヒーを啜っていたり、新聞や本に読み耽っていたり、向かいの席に座る連れの霊との談笑を続けているだけなのでありました。
 しかし考えてみたら質量のない我々亡者は、ドアが開かなくとも、屹度そのドアを擦りぬけて中に入る事が出来るはずであります。なのに態々無駄に開くなんと云うのは、実に間抜けなドアであります。ま、これは亡者に対する愛想と考えるべきかも知れませんが。
 我々を認めて、白シャツに黒ズボンの、蝶ネクタイをした中年の男の店員が近寄って来るのでありました。この男には我々が見えるのでありまでしょう。
「お二人様で?」
 店員が愛想笑いながら声をかけるのでありました。
「貴方には私達亡者が見えるのですね?」
 拙生が訊くのでありました。
「ええ大丈夫、見えております。」
「前に閻魔庁にお勤めになっていた鬼さんですか?」
「いえ、前職は港湾管理局職員で、港の待合ロビーの中にある喫茶店に勤めておりました」
「ああそうですか。しかしつまり鬼さんだから、私達の姿が見えるというわけですね?」
「ま、そう云う事です。亡者様が見えると云う特技によって、前の勤め先を辞めた後にここの喫茶店に採用されたのです」
「特技、ですか?」
「そうですね。就職活動に有利に働く、まあ一種の特殊能力でしょうからね、それは」
「ふうん、成程ね」
 拙生は何度か頷いて見せるのでありました。
「お二人様で?」
 店員が最初の質問を繰り返すのでありました。
「そうです。娑婆の感覚で、散歩の途中の休息に立ち寄らせて貰ったのです」
「煙草はお吸いになりますか?」
「どうも、吸いません」
 拙生は先代の林家三平のように手を額に遣りながら云うのでありました。「吸いません」と「済いません」をかけた、咄嗟に出た拙生の下らない洒落なのでありますが、全く通じなかったようで、店員は無表情の儘拙生の仕草を完全に無視して、煙草を吸わないと云う点は理解した、と云う頷きをするのでありました。拙生は少し寂しくなるのでありました。
「では席に案内させて頂きます」
 店員の鬼は我々を先導するように店の奥に歩き出すのでありました。
(続)
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