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もうじやのたわむれ 147 [もうじやのたわむれ 5 創作]

「そうですね、ま、ありません」
「地獄に行く事に抵抗はありませんか?」
「抵抗も、ないですね」
「ほう、そうですか」
 男は感心するような表情をして、顔を拙生からやや離すのでありました。
「だってそうでしょう。地獄も極楽も娑婆で聴いていたものとは全く違うのですもの。それにもう私は娑婆からお娑婆ら、いや違った、おさらばした身ですから、こちらの事情に則して頭を切り替えないと。後で悔やんでも本の黙阿弥ですからね」
 拙生はなるだけ軽い調子でそう云うのでありました。
「云われる事はご尤もですが、そう簡単に頭が切り替わりますか?」
「まあ、娑婆にいる時もあんまり地獄だ極楽だには関心がありませんでしたから、そんなに難しく考えずに済んだのですかな、私としては。それにこちらに生まれて仕舞えば、結局何処だろうとそこが生まれ故郷になるのですから、生まれ変わり地の好き嫌いとか満足とか後悔なんと云うのは、今のこの亡者の境遇で考えているのと、生まれ変わった後ではまた大いに違ってくるでしょうからね。まあ、要するに出たとこ勝負、と云う事ですわ」
「出たとこ勝負、ですか。・・・」
 男は拙生の呑気であっさりとした云い様に、なんとなく得心がいかないような顔をしているのでありました。多分、根が生真面目な男なのでありましょう。
「どうです、私はこれから街の方に出て、ちょいとした旅行気分でこの近辺を散歩しようかと思っているのですが、宜しかったら気晴らしにご一緒しませんか?」
 拙生はそう誘ってみるのでありました。一人で見知らぬこちらの世の巷間をぶらつくのも、なんとはなしに心細かったものだからそんな提案をしたのであります。
「そうですねえ、・・・」
 男が拙生の誘いに逡巡の色を見せるのは、明日までに生まれ変わり地を決めなければならない身の上が、これからそんな呑気な事をして、残り少ない考える時間を浪費して良いものかと考えるからでありましょうか。男は腕組みをして暫く瞑目するのでありました。
「いやまあ、残すところ丸一日で、どこに生まれるか決断しなければならないのでしょうから、そんな悠長な事をしている場合じゃないですかな、貴方の現在のご心境としては」
 拙生は一応、男の心情を思い遣る言葉を口に上せるのでありました。
「まあそうなんですが、しかしこれまで散々、部屋やこの噴水の前で考えていたにも関わらず、無意味に時間を潰すだけで、さっぱり埒が明きませんでしたからねえ。・・・」
 男は腕組みを解くのでありました。「ちょっと気分を変えてみるのも良いかも知れませんね。ようがす。若しお邪魔でなかったら遠慮なくご一緒させていただきましょうかな」
「おお、それはこちらも助かります。見知らぬ土地を一人歩きするのも、なんとなく頼りなかったものですから、ご同道頂けるならばこれはもう心強い限りですわ」
「いやいや、私は至って頼り甲斐のない男で娑婆でも通っていましたから、返って貴方の散歩の足手纏いになるのじゃないかと危惧しますが」
(続)
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