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もうじやのたわむれ 92 [もうじやのたわむれ 4 創作]

「ま、これまでにお話し頂いた事で、なんとなく、こちらの世の様相と云うものは大まかには理解出来ました。有難うございます」
 拙生はそう云って、合掌したままお辞儀をして見せるのでありました。
「なんか、地獄省の紹介と云う事だったのですが、まあ、結局のところこちらの世全体の話しに終始して仕舞って、地獄省固有の美点とか地獄ライフの素晴らしさを未だ充分宣伝させて貰っていない事を、些か地獄省閻魔庁の職員として心残りに思います」
 審問官が両手をテーブルについて、頭を深々と下げながら改まった口調でそう云うのは、この辺で拙生がこの審問室での遣り取りを切り上げるために、先の言葉を口にしたのだと受け取ったためでありましょう。拙生には特にそう云う了見はなかったのでありましたが、ここでこちらの世の話しを細大漏らさず聞いたとしても、地獄省か極楽省か未だどちらとも決めかねているのではありますが、兎に角、新たに霊としてこちらに生まれてみなくては結局のところ何も始まらないかとも、その審問官の身ぶりと言葉によって思い至るのでありました。この前までいた娑婆にしたって、何も知らずに生まれて来て、それでも向こうを去るまで、ま、なんとかかんとかそれなりに生きてこられたのでありますから。
「何か地獄省の、これは、と云う、未だお話し頂いていないセールスポイント、なんぞは他にありますでしょうかね?」
 しかし審問官や記録官の、地獄省宣伝に未だ意を充分尽くしていないと云う心残りが気の毒なものだから、拙生はそう言葉を向けてみるのでありました。
「まあ、話し忘れている事が多々ありそうな気もしますが、・・・」
 審問官がそう云って記録官を見るのでありました。記録官がその審問官の視線にほんの少したじろぐ色を見せるのは、記録官の方にも特に思い当たる、まだ未紹介の地獄宣伝の話しが、咄嗟には思い浮かばないためでありましょうか。
「まあ、地獄省に生まれて頂ければ、その魅力的なところを、ここで我々が言葉を尽くすよりも、屹度実感して頂けるだろうと思いますよ」
 記録官がそう云って、これも深々とお辞儀をして見せるのでありました。「若しお聞き忘れになった事があって、それに後で気づかれたならば、またこの後の閻魔大王官の審理の折にでもお聞き質し頂ければ宜しいかと思います」
「いずれにしろ、生まれてみなくては何も始まらないのでしょうね」
 拙生はそう云って、同じくらいの深さのお辞儀をもう一度返すのでありました。
「そうです、そうです。こちらに生まれ変わって頂ければ、自ずと判りますよ」
 審問官が愛想笑いながら、何度も頷くのでありました。
 結局生まれてみなくては何も始まらないと云う、しごくあっさりした結論では、この審問室での長時間に及ぶ遣り取りは、いったい何だったのかと云う事になるではないかと、拙生は遣る瀬ない思いが、胸の奥の端っこの方で、気泡がはじけた程度にペコっと波打つのではありました。しかし確かに、生まれてみなくては何も始まらないのでありましょう。
 そうならここをそろそろ切り上げて、次の閻魔大王官の審理に臨む方が得策と云うものであります。そこもええいと手短にやっつけて、早々に生まれれば良いのであります。
(続)
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