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もうじやのたわむれ 87 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官はそう云って確信ありげに頷くのでありました。
「まあそう云えば、娑婆にいる時、ウチのカカアも私と連れ添った時に名前、姓が変わったわけですが、初めは戸惑いとか馴染まないと云う感じがあったのかも知れませんが、普段から何に依らず愚痴の多いあのカカアにしては、その件に関して特段、その後は不便とか不利益が発生したと云うような文句を申してはおりませんでしたかな、確かにそう云えば。まあ本当は、文句を縷々私に向かって云い募りかったのかも知れませんがね」
 拙生は全く卑近な例で以って、一応こちらの風習を納得するのでありました。
「ウチの家内の場合も、何かと云うと私に一々文句を垂れますが、あれは実に鬱陶しいものですよね。大体の場合はどうでも良いような事を、あれこれ長々、口を頻繁に縦にしたり横にしたりしてのたまうのですが、面倒臭くなってそんな事どうでも良いじゃないかとか、勝手ににしたら、なんと、ちょっと突き放したような云い方をしようものなら、今度はそれでまた、情がないとか不真面目だとか因縁をつけて、あれこれ長々、口を頻繁に縦にしたり横にしたりが始まって仕舞います。もう、処置なしですわ。・・・いやまあ、こんなウチの家内の事はどうでも良いのですが、ま、改名に関しては、つまりそう云う事です」
 審問官が云い終ってから、口をへの字にして二回頷くのでありました。
「ふうん、そんなもんですかねえ、カカアと云う生きものは。・・・」
 これは記録官がぽつんと云う科白でありました。
「青木君は未だ新婚ほやほやだから判らないだろうけれど、ま、今に思い知るよ」
 審問官が記録官の方を向いて云うのでありました。
「そうそう。初めはしおらしくしているけれど、屹度遠からず、本性を現すでしょうね」
 拙生は無責任に審問官に同調するのでありました。
「ああ、そうですか。今のところ万事に楚々としていて、そういう風には見えませんがね」
「いやいや、それは世を忍ぶ仮の姿で、油断していたら後で怖い目を見るよ。ねえ」
 この審問官の「ねえ」は、拙生の方に顔を向けての言葉でありました。拙生は審問官の真似をして、口をへの字にして重々しく二回首肯するのでありました。
「お二方のご教導、一応肝に銘じます」
 記録官が拙生と審問官に夫々お辞儀をするのでありました。
「ところで娑婆の記憶が蘇ると云う話しで、云い忘れていた事ですが、・・・」
 審問官が話頭を変えるのでありました。「向こうの世を去る時からその思い出し終わる時点までが、自然に連続するような記憶として、ずっと途切れ目なくすんなりと一繋がりに蘇るとは申しましたが、しかしこの部屋での審問の事とか、この後の閻魔大王官の審理の事なんかに関しては、生まれ変わった後はすっかり忘却して仕舞う事になります」
「ふうん、そうなのですか?」
「一般的に、三途の河を渡った辺りで記憶は布津と途切れます。その後は生まれ変わった新たな、こちらでの赤ちゃんの頃の記憶がすぐ後に繋がります。ま、赤ちゃんの時の記憶なんと云うものがあるかどうかは、ちょっと疑問でしょうけれど」
「この審問やら審理の事を記憶していると、なにか不都合があるのでしょうか?」
(続)
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