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もうじやのたわむれ 79 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 拙生はそう聞くのでありました。
「いやいや、実はそうではないのでして」
 審問官が勿体ぶって掌を横にふるのでありました。
「しかし、前に伺った帰納法絡みのお話しからすると、娑婆に生まれた私は、その前にどうたら界にいた事になるのでしょうが、そのどうたら界の記憶なんかすっかりなくして、人間界に生まれてその儘生きていたように思うのですが?」
「その辺が娑婆とこちらの違いでしょうかね」
「娑婆での記憶が残っているのですか?」
「そうです。しかし、その娑婆での記憶をちゃんと保持した儘、おぎゃあと生まれてくるのではありません。第一、娑婆の世知に長けた赤ちゃんなんと云うのは、考えただけで、なんか薄気味悪いではありませんか。幼年期の子供にしたって、娑婆の記憶なんか持っていると、どこか妙にひねた感じがしたり、いやに世渡り上手な風情なんかも漂わせたりしているでしょうから、そんなもの可愛くもなんともなくて、チョコレートの一つでもやろうかと云う気なんか全く起きないでしょう。逆に頭を一つポカッとやりたくなりますよ」
「それはそうですけど」
「ですから、十五歳までは何の屈託もなく、天真爛漫に少年時代を過ごす事になります。しかし十五歳の誕生日を幾らか過ぎる頃から、どうしたわけかふと、嘗て自分が生きていた娑婆での記憶が、じんわり断片的に蘇ってくるようになっておりまして、大体二十歳くらいでそれが完全に、或る諦念を伴って、蘇り終わると云う様な手順になっております」
「或る諦念を伴って、ですか?」
「そうです。ですから二十歳までは、何時も陰鬱そうで、疲れ切っているような素ぶりをしてみたりであるとか、表情のどこかに鬱屈した濃い翳りを装ってみたりであるとか、必要以上に感受性が敏感になったりだとか、他人、いや違った、他霊が総て自分の敵に見えたりだとか、自己賛美と自己否定、上昇志向と破滅指向、限りない愛情と底なしの憎悪なんかの、アンビバレントな苦悩を、求められてもいないのに背負いこんだり、何に依らず大袈裟な態度や思考が鼻についたり、そんな自分が嫌になったり、もうなんか、とても収拾困難な心理状態なんかになったりします。しかしそれが二十歳の声を聞くと、次第にそう云った感情の波風が落ち着きを見せ始めて、面相なんかも温和な風になっていくのです」
「ほう。なんか、思春期みたいな、青春の光と影みたいな雰囲気すね」
「そうですね。で、二十歳になった頃には、或る諦念を伴って、その娑婆での大方の記憶が、美しくも悲しい追憶として、心の中の一番端っこにある小さな桟橋に漂着して、漣に微かに揺れ遊ぶ小舟のように係留されると云うわけです」
「なんか、そんなレトリックで締めくくりになったりすると、話しがよく判るような判らないような、そんな心持ちがして仕舞いますが」
 拙生はそう云って首を左右に何度か傾げて見せるのでありました。
「なにせ、私は生まれながらの地獄っ子でありますもので、その辺の亡者様の心理と云うのか気分と云うのか、それは実はよくは判らないのです。どうも済みません」
(続)
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