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もうじやのたわむれ 75 [もうじやのたわむれ 3 創作]

 審問官はそう云って自分の頭を拳で軽く打つのでありました。「今の私の発言は、オフレコと云う事でお願いいたします。こんな事を云ったなんと云う事が漏れると、後で上司から叱責を食らいますから。それに若し極楽省の地蔵局の役人の耳にでも入ったなら、大騒ぎされて、屹度始末書程度では済まなくなるでしょうからね。まあ、良くて厳重注意処分、悪くすれば十パーセントの減給一年とか、最悪、二年間の停職処分ですわ、冗談でなく」
 審問官は拙生に合掌して見せるのでありました。
「了解しました。今の審問官さんの言葉は、聞かなかった事にさせていただきます」
「ご高配、恐れ入ります」
 審問官は手をあわせた儘、深刻顔で深々と拙生にお辞儀をするのでありました。拙生は娑婆であった拙生の葬儀の折、棺桶の隙間から秘かに窺っていたところの、会葬者が見せた一様な表情や仕草なんかを、その審問官の姿でちらと思い出したりするのでありました。
「しかし、閻魔大王官の目の前で、しかも決裁直前と云う状況で、極楽案内を充分心ゆくまでに聞く事が出来るのでしょうか?」
 拙生は問うのでありました。
「それは充分時間を取ってあります。地蔵局の出向役人はここでかけている時間と同じくらいの時間で、存分に極楽の素晴らしさを具体的に縷々述べます。それに地蔵局の役人が極楽省の紹介をしている間、閻魔大王官は一切それに口出し出来ないことになっております。この案内を妨害したり途中で止めさせたりする事は、地獄省と極楽省の取り交わした文書に依る申しあわせで禁止されておりますから。ですからどうぞご安心ください」
「しかし、充分な説明があったとしても、その後、私がどちらに住むか色々思い悩む時間がちゃんと確保されていないと、私としても困って仕舞いますかな」
「それも充分な時間をかけて頂いて結構です。そのように配慮されております」
「ああ、そうですか。・・・」
 拙生は現段階ではそう云うしかないのでありました。
「亡者様の行く末を決める大事な判断ですから、我々もそんなに焦って決められても困るのです。後で苦情が出たりするといけませんからね。ゆっくりたっぷり存分に思い悩んで頂いて結構です。諺に云うではありませんか、ええと、聖徒はホトを疎んじる、なんと」
「いやその諺は確か、生徒は九九を諳んじる、ではなかったですか?」
「ああ、そうでしたっけ?」
 審問官がそう云った後、拙生と審問官は揃って記録官を見るのでありました。
「・・・ああ、まあ、その、ええと、・・・セーターは、セーターはコートの下に着る、ではなかったかと思うのですが、確か」
 記録官がたじろぎながらそう云った後に、なんとなく気まずい空気がテーブルの上に薄ら泥むのでありました。「いや、どうも済みません、急にこちらにふられたものだから、如何にも間抜けなもじりしか云えなくて。もう一度家で勉強し直して参ります」
 記録官はそう云って頭を下げるのでありましたが、頭を起した記録官の顔には、ほんのりと敗北の色が浮いているのでありました。
(続)
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