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もうじやのたわむれ 49 [もうじやのたわむれ 2 創作]

「いやいや、まことに呑気、・・・いや違った、まことにご達観の段、恐れ入りました」
 記録官が深々とお辞儀をして見せるのでありました。
「ま、強いて挙げれば、娑婆に思い残した事と云えば、・・・」
 拙生がそこまで云うと記録官が拙生の前に掌を挙げて見せて、拙生のその後に続く言葉を遮るのでありました。
「それは、どうせ死ぬのなら、冷蔵庫に残しておいた骨つきの方の鯖の片身も食っておけば良かった、とか云うものでしょう、屹度?」
「正解!」
 拙生はピースサインをして見せるのでありました。
「落語の『地獄八景亡者戯』を聴いた事があれば、簡単に判りますよ」
「いやいや、どうも恐れ入ります」
 拙生は記録官と一緒に笑いながら、頭を下げるのでありました。「それから兆候と云うことに関してですが、全く不意にこちらに来る事になった、と云った感じではなくてですね、実は妙なもので、なんとなく直前に兆候みたいなものはあったのです。まあ、気づくか気づかないか微妙なものではありましたけれどね、今にして思えば」
 拙生がそう云うと審問官も記録官も少し身を乗り出すのでありました。
「ほう、前触れみたいなものを感じられたのですか?」
 審問官がやや首を傾げるのでありました。
「今考えれば、あれが前触れだったと考えられなくもない、と云ったところです」
「それはいったい?」
「いやね、ガスコンロの魚焼きにアルミホイルを敷いて、鯖を入れて火を点けようとしたのですが、いつもはそんなことはないのですが、何度点火スイッチを押しても、どう云う按配なのか、カチカチ云うばかりでなかなか火が点かなかったのですよ」
「ほう、そうですか」
「今思えば、虫が知らせると云うのか、天がこの鯖は喰うなと暗示していたのかなと」
「ふうん、成程々々」
 審問官がそう云って腕組みをするのでありました。
「折角こちらへ来たのですからお訊ねしたいのですが、あれは天が、つまりこちらの世の何かしらの意図が、ガスコンロの火を点けようとしてもつかないと云う現象で、ある種の警告みたいなものを、私に発したと云う事なのでしょうかね?」
「うーん、まあ、それは推理のし過ぎでしょう」
 審問官が腕組みの儘云うのでありました。
「ありゃ、そうなのですか?」
 拙生はほんの少しがっかりしたような口調で返すのでありました。
「こちらの世からあちらの世に警告を発するなどと云うような事は、全くありません。あくまであちらはあちら、こちらはこちらです」
 審問官はクールにそう云うのでありました。
(続)
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