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もうじやのたわむれ 48 [もうじやのたわむれ 2 創作]

 拙生としては、その質問の回答はひょっとしたら審問官が前に広げている、娑婆での拙生の経歴やら何やらを記してあるであろう書類に、ちゃんともう書いてあるのではないかと思いながらも、一応自ら説明するのでありました。
「実は、恥ずかしながら、鯖に中ったのです」
「鯖に中った?」
 審問官はそう語尾を上げて云いながら、書類に目を落とすのでありました。「ああ、本当だ。ここにちゃんと書いてある」
 ほうら矢張り書いてあるじゃないかと思って、書類に目を落としている審問官の頭頂の旋毛をぼんやり眺める拙生の、顔は概ね無表情な儘ではありましたが、気づかれない程度に両目がやや細くなるのでありました。
「余所から思いがけなく鯖を貰いましてね、その時カカアが、高校の同窓会とかの出席がてら実家に帰っておりまして、丁度いいやと云うんでその貰った鯖を二枚に下ろして、骨つきの方を冷蔵庫に仕舞って、片身をガスレンジで焼いて、それを肴に、これも余所から貰った酒をちびちびやっていたんですよ。多分焼き加減が足りなかったのでしょうね、食っている最中からなんとなく生っぽいとは思っていたのですが、また焼き直すのも面倒なのでその儘食っちゃったのです。そうしたらてき面、見事に大中たりしましてね」
「ああそうですか。それは災難でした」
 審問官が一応気の毒そうに云うのでありました。
「なんとなく落語の『地獄八景亡者戯』その儘ですね」
 これは記録官の、口から吹き零れそうになる笑いを堪えながらの科白でありました。
「ちっとも賑々しくもなく、なんともお粗末な最期で、実に以って面目ない次第です」
 拙生は自嘲的な笑みを浮かべて頭を掻いて見せるのでありました。
「いやね、貴方がこの部屋に入っていらした時、まあ、こちらにいらっしゃるには未だお若くて、娑婆で天寿を全うされたようには見えないと、ちらと思いはしたのですよ」
 審問官は未だ気の毒そうな口調の儘で云うのでありました。
「そうですね。ま、事故死です。あんまり恰好良い派手な事故ではありませんが」
「事故に恰好良いも悪いも、派手も地味もないでしょうが」
「それじゃあ向こうに思い残した事も多々、本当はおありのはずでしょうに?」
 これは記録官が、ともすると竟漏れ出ようとする笑いをなんと外に漏らさないようにしながら、口の中でモゴモゴと云った言葉であります。
「いやあ、取り立ててそう云うのはなにも思い浮かびませんねえ、今は」
「なんの兆候もなく、こちらに突然来ることになったのですから、娑婆に残してこられた奥さんの事とか、お子さんの事とか、仕事の事とか、そう云うのは気になりませんか?」
「いや特段には。ま、それは仕方のない事ですから」
「諦めが早いと云うのか、全くあっさりされていますねえ」
「いやこれも、あっさり、ではなくて、うっかり、と云うべきところでしょう」
 拙生はそう云って、ハッハッハと笑って見せるのでありました。
(続)
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