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もうじやのたわむれ 44 [もうじやのたわむれ 2 創作]

「世の中のためにこう云う事をしておけば良かったとか、これをやっておけば世界中の多くの人が幸せになっただろうにとか、そう云った大それた事はおありにはならないので?」
「まことに面目ない」
 拙生は苦笑うのでありました。
「結構です、結構です」
 審問官が寛容な笑みを満面に湛えて頷くのでありました。
「当人の大袈裟な思い残し程、返って世の中にしてみれば、していてもしない儘でいたとしても、結局どうでも良い事だったりしますからね」
 審問官はそんな皮肉めいた事を云いながら、ボールペンをくるんと回すのでありました。
「そう云われて仕舞えば、私には娑婆には未練はないと云う事になりますかな」
「ま、そういうわけで」
 審問官が指先に持ったボールペンを、コンダクターが持つ指揮棒のように立てて見せながら云うのでありました。「亡者様のまるで宝くじに当たったみたいな、棚から牡丹餅の、願ったり叶ったりと云う秘かな歓喜から、貴方は違うにしろ、香露木閻魔大王官のミスはある意味で歓迎されているとも云う事が出来るのですし、その亡者様の意向と、貴方が云うところの、我々の無意味な逡巡やら大袈裟な危惧やら官僚的惰気やらが重なって、寧ろ結構な按配に放置されていると云うわけです」
「成程ね。確かに宝くじだと考えれば、香露木大王官のミスも、思わぬ我々亡者へのサプライズな贈り物だと云う事になりますか」
「貴方の場合、本当に娑婆に心残りはおありにならないのでしょうか?」
 記録官が聞くのでありました。
「そうですね、取り立てて。まあ、確かに娑婆に戻れるのであれば、戻りたいと云う気持ちはありますが、しかしそれは夏休みが終わった、始業式の日の朝の気分みたいなもので、強い願望と云うよりは寧ろ、ほんのちょっとした未練と云う程度のものですかな」
「結構、あっさりしておられるのですね」
「あっさり、と云うか、ある意味で、うっかり、と云うか」
「うっかり、ですか?」
「本当は娑婆で大切なことをし忘れてきたのかも知れませんが、それが大切だったと云う事を、ここに至っても未だ自分で気づいていないのかも知れませんから」
「ああそうですね。そう云う事はあるかも知れませんよね。尤もこれはあくまで一般論として云っているのであって、特に貴方の事を指差して、うっかり者だと云っているのでは全くありませんから、ここら辺はどうぞ誤解のないようにお願いします」
「いや、私の事だと指差して結構ですよ。向こうでは家でも学校でも職場でも、私はうっかり者の無精者で通っておりましたから。それで気分を害することなんかありませんよ」
「いやいや、何を仰いますやら。そう云う風に云われるとこちらが困って仕舞います」
「いやいやいや、困らせる積りではなくて、これは本当の事なのですから。なんなら今、おいそこのうっかり者、と呼んで頂ければ、はいと元気良く手を挙げて返事をします」
(続)
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