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もうじやのたわむれ 43 [もうじやのたわむれ 2 創作]

 審問官が顔を上げながら云うのでありました。
「それはまたどうして?」
 拙生は審問官の、拙生の食い下がりを然程問題にもしていないような不貞々々しさが、目尻に仄見えるところの生真面目顔を眺めながら聞くのでありました。
「いやね、亡者様の方もどうも、そのせいで娑婆へ戻る事が出来るとなると、そりゃまた結構とか、しめしめ、等とお考えになるようで」
「ああ、そうか。そう云うところもありますか、確かに」
「矢張り亡者の方々の多くは、出来れば娑婆へ戻りたいと云うお気持ちが強いようですからね。だから棚から牡丹餅の、願ったり叶ったりの香露木さんのミスと云うわけです」
「香露木さんのミスも、秘かに喜ばれている側面もあるわけですね。こりゃ厄介だ」
「そう云う事です」
 審問官がそこでポンと一つ手を打つのでありました。
「だから、香露木さんを罷免しないでいるのは、亡者の方々の、公然とは出来ないけれど、切なるご希望と云うところでも、ま、あるわけで」
 これは記録官が、同じようにポンと音を立てて掌を打ちあわせながら、意味ありげな笑みを浮かべて云う言葉でありました。
「夫々の思惑が絡んで、現状が黙認されている状態なわけだ」
 拙生はなんとなく眉根を寄せて、何度かゆっくり首を横にふりながら云うのでありました。しかしこれは実のところ、拙生が決してそれを苦々しく思ったと云うわけではなくて、まあ、なんとなくその場の雰囲気で、無表情でいるよりはそう云う顔をして見せた方が、話しの流れの中では妥当かなと云う安易な了見からなのでありました。
 ま、拙生としては、自分がもうすぐ閻魔大王官のお裁き、いや、お裁きではないと聞いたのではありましたが、ともかくそれを受けると云う実感が、その時未だ差し迫ったものとして感じられなかったのであります。だから、どうだって構わない他人事のような気がしていたのであります。ま、それは今の己の置かれた状態に鈍感な、あんまり按配の良くない気分なのかも知れませんが。
「ところで貴方も、出来れば娑婆へ帰りたいとお思いですか、今?」
 審問官が聞くのでありました。
「うーん、そうですねえ、・・・」
 拙生はちと考えるのでありました。
「大方の亡者様は、出来る事なら戻りたいと仰いますよ、ここでは」
「まあ、戻りたいような、戻りたくないような。複雑な心境です」
「おや、あんまり娑婆に、思い残した事はおありにならないと云うので?」
「いやいや、そんなことはありません。死ぬ前に一度は飲んでみたいと思っていた生一本の日本酒も、結局飲まず仕舞いでしたし、一度は後ろから蹴飛ばしてやりたいと思っていた上司も、遂に蹴飛ばさず仕舞いだったし、一度は口応えしてやろうと思っていたカカアの小言にも、口応えする勇気すら出ず仕舞いでしたし。・・・」
(続)
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