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もうじやのたわむれ 28 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「ありません。両省間には、向こうに在ってこちらにないとかの、相補的な交易品も文化もないものと承知しております。少なくとも、極楽省が興味を抱くようなものは準娑婆省にはなにもありませんでしょう。ま、準娑婆省はああいったお省柄ですから、我々や極楽省の連中が考えもつかない、と云うか、アホらしくて考えもしないような悪巧みを突発的に思いついて、秘かに極楽省になにやら接触を持とうと気紛れに起こす事も、ま、あるやも知れませんがね。しかしそんなのは、前にも云いましたが問題に致しません」
 記録官が片頬に薄ら憫笑を湛えて続けるのでありました。
「ええと、お省柄、は、娑婆で云えば、お国柄、でしたね?」
「正解!」
 記録官がピースサインをしながら云うのでありましたが、些か狎れてきたのか、今度のその云い様にもピースサインにも、どことなくぞんざいな風情が混入しているように、拙生には感じられるのでありました。
「余計なことを何度も話しの途中にお聞きして、申しわけありません」
 拙生は記録官に謝るのでありました。
「いえ、とんでもない」
 記録官は、今度は然程大袈裟でない、さよならをする時のような手の横ふりを拙生に送ってくるのでありました。
「まあ、こちらの世界には地獄省と極楽省と準娑婆省の三つの国、いや省があって、その位置関係も各省の性向みたいなものも、ぼんやりですが大概判ったような気がします」
 拙生はそう云って冷めたコーヒーを口に運ぶのでありました。
「その、コーヒー、入れなおしましょうか?」
 記録官が拙生の口元の、カップの傾き具合に視線をあわせながら聞くのでありました。
「ああいや、結構です。話しの途切れ目になんとなく口にしているだけですから」
 拙生は愛想笑いながら辞退するのでありました。しかし記録官はその拙生の遠慮を尻目に、身軽な動作で席を立ってサイドテーブルの方へ歩いて行くと、拙生のためにもう一杯コーヒーを入れてくれるのでありました。
「まあ今後、貴方もこちらで暫く暮らしていく内に、ぼつぼつとこちらの様子の細かなところとかがお判りになることでしょう。この先長いですから、ま、気楽に構えていてください。早くこちらに慣れないと困るなんと云うことも、多分ないはずですから」
「はい。心優しいご助言を有難うございます。しかし私もせっかくこうして、縁あってこちらにやって来たからには、すぐにでも遠の昔から住み慣れているような、本職みたいな顔をしてみたいではありませんか。だから出来るだけ早いところ、了見を入れかえまして、こちらの人間に、いや霊に、なり切りたいものだと」
「本職みたいな顔、ですか?」
 審問官が問うのでありました。
「いやまあ、娑婆で聴いた小三治師匠の落語の『天災』だったかに、そういったフレーズが出てくるのをふらっと思い出したので、ついその真似をしてそんな事を云ったまでです」
(続)
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