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もうじやのたわむれ 7 [もうじやのたわむれ 1 創作]

 記録官はそう云いながら少し伸びをして拙生の湯呑を覗くのでありました。一緒に審問官も上体を延ばして拙生の湯呑を覗きこむのは、先程の拙生と同じように、記録官の所作に釣られたためでありましょう。
「ああいや、結構です」
 拙生は遠慮するのでありました。
「そう云わずに」
 記録官は立ち上がって拙生の横まで歩いて来ると、身を屈めて拙生の前の湯呑の中を確認して、徐にそれを取り下げるのでありました。湯呑には入れて貰った茶が、未だ手つかずの儘で残っているのでありました。
「いやもう、お構いなく」
 拙生は湯呑を下げようとする記録官の掌に向かってお辞儀をするのでありました。
「こちらのコーヒーは美味いですよ。ま、インスタントですけど」
 記録官はそう云って拙生を笑顔で見るのでありました。「貴方は向こうの世界では、よくコーヒーを飲まれていたんでしょう? ガリガリと豆を挽いて、結構本格的に」
「ええまあ、コーヒーは好きでしたね。日に五杯くらいは飲んでいましたか」
「ここに、コーヒー好きなんて書いてあります」
 これは審問官が、前に置いた、拙生の審問のための資料書類と思しき紙をボールペンで差しながら云った言葉でありました。
「そんなことも書いてあるんですか、その紙には?」
「ええ勿論。嗜好とかも色々細かく記述してあります」
「なんか、どんなことが書いてあるのか、大いに興味をそそられますねえ」
 拙生は身を乗り出して審問官の前にある紙を覗こうとするのでありました。
「いや、これはお見せするわけにはいきません。内部資料ですから」
 そう云って審問官は紙の上方にこちらに甲を見せて両方の掌を塀のように立て、拙生の目から書いてある文字の羅列を庇うのでありました。
「内申書みたいなものですか?」
「いや、娑婆に於いて貴方の云った事とかやった事とかの、客観的事実のみが記述されています。心証とか評価と云ったものは一切書いてありません」
「客観的事実ねえ。・・・」
 拙生はなんとなくそわそわするのでありました。と云うのも、人に云えない恥ずかしい事実なんぞもちゃんと書いてあるのかしらと、秘かにたじろいだからでありました。
「酒好きとも書いてあります。尤もここではアルコールは出せない規則になっていますから、その嗜好にはなかなかお応えするわけにはいきませんが」
 庇った記述を見ながら云う審問官のこの言葉は、まあ、愛想を織り交ぜたところの軽口と云ったところでありましょうか。
「ああ、それは残念ですなあ」
 拙生も同じ冗談の口調で返すのでありました。
(続)
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