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もうじやのたわむれ 3 [もうじやのたわむれ 1 創作]

「湯呑が気を利かせた?」
 拙生は首を傾げて理解が届かないところを示すのでありました。
「ああご免なさい。気を利かせたなんと云った私の云い種が良くなかったかな。つまり、そう云う風に造られているんですよ、その湯呑は」
 審問官はなんとなく得意そうな笑みを浮かべて云うのでありました。
「そう云う風に造られている?」
「そうそう。手に取る者の心次第で描かれている図柄がどのようにでも見えるように」
「手に取る者の心次第?」
 拙生には益々審問官の云うことが理解出来ないのでありました。
「そう。家紋にも、以前下水道の蓋に描いてあった東京都のマークにも、へのへのもへじにも、ランベルト正積方位図法の世界地図にも、洋服のタグに描いてあるドライクリーニング禁止の表示にも、合気道錬身会の稽古着の袖のマークにも」
「不思議な湯呑ですね」
「そうそう。融通無碍なる湯呑なのです」
「融通無碍、ですか」
「それに、ま、その湯呑の貴方へのさり気ない愛想だと思って頂ければ」
「湯呑のさり気ない愛想?」
「ああ、益々判らなくなってしまわれますかな、こう云うと。ま、ま、そう深く考えないでください。色んなお話をさせて頂く内に、その辺の事情も了解出来るようになりますから。貴方はこちらの世界にいらしたばかりで、未だ飲みこめない事柄も多々あるわけです。それは無理もないことなのです」
 審問官はそう云って優しげな笑みを拙生に投げかけるのでありました。拙生は湯呑を差し上げて、眉根を寄せて描かれている紋にまた見入るのでありました。しかしふと、これ以上この湯呑のからくりとかについて質問をして、審問官に煩いヤツだと思われるのも得策ではないように思えたものだから、拙生は湯呑をテーブルの上に置くのでありました。考えてみれば拙生は今審問をされているのでありますから、幾ら審問官が優しげで気さくそうにふる舞っているとしても、一応は印象よく努めておいた方が、向後なにかと無難であろうと憶測した故でありました。
 審問官がコホンと小さな咳払いをしたのは、拙生が一先ず湯呑に対しての疑問を納めた様子を確認して、話柄を改める切かけのつもりなのでありましょうか。
「ところで、この審問所へいらっしゃるまでの旅は快適でしたでしょうかな?」
 審問官は聞くのでありました。
「ええまあ、特に支障もなく参りました」
「国境に在る三途の川の連絡船のサービスなんかも、特に問題なかったでしょうか?」
「とりたてての不都合は何もありませんでしたけれど」
「いやね、船のクルーの態度が如何にも無愛想だと、最近いらした複数の方から苦情がありましたものですからね、ちょっとお伺いしたのですよ」
(続)
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