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大きな栗の木の下で 102 [大きな栗の木の下で 4 創作]

 街の至る所に縮こまる青やかな木々も、遥か遠くに盛り上がり広がる低い山並みも、濃い緑色に輝いているのでありました。御船さんが見る海や山や街が、夏の儘の強い日差しの中に溶けているのでありました。総ての光景が光の中に沈澱しているのでありました。風を受けて、古木が葉擦れの音を微かに御船さんの耳に届けるのでありました。
 沙代子さんには、余計な陰翳などいらないのだと御船さんは考えるのでありました。美しく磨いた碧玉には、それを美しく輝かせる光だけがあればそれで足るのでありました。必要もない翳りを添えられた璧は、悲惨ですらあると思うのでありました。御船さんの中で磨かれた沙代子さんと云う璧は、単純で明快な光沢だけを何時までも湛えてくれてさえしていればそれで充分なのでありました。いやそれだけと云うよりも、それだからこそ。
 その単純明快な光沢に包まれながら、高校生の時に聞きそびれた他愛もないネコの話しを何時か聞きたかったのでありました。それにもしそう云うチャンスが訪れれば、全く他愛もない誕生日のプレゼントを、再び恥ずかしそうな笑いを浮かべて交換出来ればと思うのでありました。あの大学生の時に沙代子さんが御船さんの前から去ったことだって、他愛のない冗談に紛らわせて話しをすれば済むことであって欲しかったのでありました。
 しかし生きて人と交わり続けることは、色々な陰翳を引き受けることでもあろうと云うことは、御船さんにも判ってはいるのでありました。一定の長さの時間を生きた人間の体や気持ちに、窺い知れぬ様々な翳りが付着して仕舞うであろうことは、全く以って当然なのであります。しかし翳りが増していくからこそ魅力も増していくと云う云い方も、一方にはあるでありましょう。だからこそ生きていけるのだとも云えるのかも知れません。
 自分が単に呼吸を繰り返している間に、沙代子さんは重く長い歳月を生きたのだと、御船さんは考えるのでありました。自分の方と云ったら、迂闊にも、のほほんと過ごして仕舞って、その間に、自分の中の沙代子さんと云う璧を実際の沙代子さんには何も関わりなく、ただせっせと磨いていただけだったように御船さんは思うのでありました。
 そうして、御船さんと沙代子さんは今こうしてまた出逢ったのであります。大学生の時は関与を拒否されたのでありましたが、今度は沙代子さんの翳りに対して、御船さんはそれを優しく撫でて上げられるかも知れません。勿論、沙代子さんが許してくれるのなら。
 特段こちらが求めてもいないのに、沙代子さんは自分の翳りについて話をしてくれたのでありました。と云う事は、ひょっとしたら沙代子さんはこれから先、御船さんの関与を求めていると云う風に考えることも出来るかも知れません。まあ、それは御船さんのお先走りで、実際はそうではないと云うこともあるでしょうが。
 しかし、大学生三年生の時にこと切れた二人のその後の展開を、出来るのなら再び出逢った今から、御船さんは再開してみたいと思うのでありました。単純明快で他愛もない光の中で、出来て仕舞った翳りが薄く璧に馴染んで仕舞って見えなくなるように、二人で生きていたいと御船さんは切に願うのでありました。眩しいくらいの、光の中で。・・・
 御船さんはすぐ先の地面を見るのでありました。栗の古木の蔭が地面に黒々と張りついているのでありました。御船さんはその蔭の中に座っていることに、なにやら急に苛々としてくるのでありました。
(続)
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