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大きな栗の木の下で 99 [大きな栗の木の下で 4 創作]

 そんな状況が暫く続いて行く内に、御船さんの中に沙代子さんの像が色濃い影をはっきり刻みこむのでありました。その像は時に眩しく輝き、時に可憐に佇み、時に冷たくそっぽを向き、時に妙に色っぽく横目で御船さんを見るのでありました。御船さんはその影に殆ど翻弄されるのでありました。
 しかし沙代子さんの心根にも同じ現象が起きていると云う気配は、全く感じられないのでありました。自分だけが妙に盛り上がっているのはどこか癪であったし、体裁も悪かろうし、それに自分のその熱がかえって敬遠されるのを恐れて、御船さんは沙代子さんの目に、別になんと云うこともないような素ぶりを映じることに努めるのでありました。
 殆ど濃い交流がない儘で歳が明けて、御船さんの沙代子さんへの思いは、ギリギリまで絞りこまれたタオルのように硬直しているのでありました。これ以上絞られ続けると、このタオルは屹度千切れて仕舞うに違いありません。御船さんはなんとなく切羽つまったような思いに打ち拉がれるようでありました。
 四月になって三年生になったら、御船さんは沙代子さんと違うクラスになる事を願うのでありました。そうすれば、間に出来た距離感に依って自分の昂ぶった気持ちも、少しは落ち着きを取り戻すであろうと思われるのでありました。しかし一方で沙代子さんと違うクラスになるなんと云うのは、考えられない程の悲劇のようにも思うのでありました。
 そんなこんなで正月も冬休みも明けた或る日、放課後の教室で全く珍しく後ろから御船さんの肩を沙代子さんが人差し指でつっ突くのでありました。ふり返ると沙代子さんの照れたような笑い顔が、すぐ傍に近づけられているのでありました。
「これ、つまらない物だけど、誕生日プレゼント」
 沙代子さんはそう云って御船さんに、ネコのイラストの描いてある小さな紙袋を渡すのでありました。折り口には飾りの赤いリボンがついているのでありました。この全く思わぬ沙代子さんの厚意に、御船さんの気持ちは一気に有頂天に登りつめるのでありました。
「お、なんだなんだ」
 御船さんは紙袋を押し戴くように受け取って、それをしげしげと眺めるのでありました。
「開けてみて」
 そう促されて丁寧にリボンを外して、破かないように袋の折り返しを戻すと、御船さんは中に入っている物を掌に取り出すのでありました。
「あ、豚カツだ!」
 それはミニチュアの食品サンプルのキーホルダーなのでありました。小さい物ながら結構精巧に出来ていて、皿に載った豚カツの揚げた衣の質感が実物のようでありました。横に薄緑色のキャベツの千切りも添えられているのでありました。
「結構可愛いでしょう?」
「こんなの、何処で手に入れたんだ?」
「街の繁華街のアーケードの中に、化粧品とか雑貨とか衣類とか売っている店があってさ、その隅にこんな玩具のようなものも並べているのよ」
「へえ、そうなんだ」
(続)
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