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大きな栗の木の下で 57 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 沙代子さんはそう云ってまた肩を竦めて見せるのでありました。
「つまりあの鳥は一家を支えるために、ああやって健気に働いているんだな。人間の姿にビクついたり、ビクつく必要なんかないんだって反省したりしながら」
「そうかもね」
「鳥の世界も親は大変だ」
 御船さんはそう云いながら、膝に回していた腕を解いてそれを尻のやや後方の地面について、少し上体を仰け反らすのでありました。見上げた栗の古木の葉群れの一部が眩しく輝くのは、傾いてきた日輪がそこを照らしているからなのでありました。御船さんはほんの暫くそれを見つめてから、大きなくしゃみ一回するのでありました。
「ところで、沙代子のお腹の子は?」
 御船さんは地面についていた一方の手を挙げて、鼻の下を人差し指で小刻みに何度か擦りながら聞くのでありました。

 <そうね。そうこうしている内に産み月になったの。母が心配して、東京に出てこようかって云ってくれたんだけど、まあ、体面上は実家とは断絶状態で、父の手前もあるだろうからってそれは断ったの。心配しないでも、かかりつけの産婦人科のお医者さんがとても好くしてくれるからって、そんなこと云ってね。それに矢岳君としてもウチの母に出て来られたら、なんとなく面白くないだろうって思ってさ。
 出産はそんなに大変じゃなかったの。三千二百五十グラムの元気な男の子。でもなんせ初めてのことだったから、その後の赤ちゃんの世話の方が大変だったわ。なにをどうしていいのか判らずに、途方に暮れることばっかりだったわ。赤ちゃんが泣いても、なんで泣いているのか判断出来なくて、なにをやっても赤ちゃんが泣き止んでくれなくて、あたしただ苛々するばかり。病院で助産婦さんとか看護婦さんに色々教えて貰ってはいたんだけど、なかなか手際よくそれがこなせなかったのよ、オロオロしちゃって。
 病院は一週間程で退院したんだけど、その後アパートで一人で赤ちゃんの面倒を見るの、あたし全く自信がなかったわ。でも、病院は出なくちゃならないの、特に体に支障が起きていないのなら、そう云う決まりだから。
 アパートに帰って来て、もう三日で、あたし神経が磨り減ってしまって、もうなんか、どんづまりまで追いこまれたような気分だった。何かあっても誰にも相談出来なくて、あたし一人で解決しなければならないってことが恐怖で、頭がおかしくなりそうだったわ。
 矢岳君は、退院の日はなんとか仕事に都合をつけて一緒にいてくれたけど、もう次の日から、仕事で地方回りに出かけなければならなかったの。矢岳君、一人で大丈夫かって心配顔で云うんだけど、大丈夫って云うしかあたしないじゃない。本当は全然大丈夫じゃないんだけどさ。
 で、矢張りとても心配だったのね、結局、母が五日目に出てきてくれたの。あたしもう、天の助けって感じで、感激して母に縋りついたわ。なんか全く頼りにならない新米お母さんで、赤ちゃんには本当に申しわけないんだけどね。
(続)
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