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大きな栗の木の下で 55 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 あたしの実家に行った帰りの、寝台特急の中で感じた矢岳君と一緒にいることへの気づまりな感覚だとか、逢った当時よりも少し冷ややかに隔たって仕舞ったような距離感だとか、そんな不安なんかもすっかり消し飛んでしまった気がしたの。あれはあたしの妊娠からくる情緒の乱れみたいなもので、そんなものは実際は存在しなくて、矢張り矢岳君は前の矢岳君と何も変わってはいないんだと、あたしは心底納得出来たんだけどね。
 その内遠からず、矢岳君のレコードがヒットして、矢岳君が有名になって、収入も格段に増えて、父も母も矢岳君のことをすっかり見なおして、とかさ、あたし将来の見取り図をひどく楽観的に思い浮かべられるようになったの。怖いくらいの幸せが、その内屹度怖くもなんともない本当の幸せになるってこと、信じて疑わなかったんだけどね、その頃のあたしは。
 でも、そうあたしの思った通り上手い具合に、世の中のことは運ばないもののようね。と云うのは、発売になったデビュー曲が、関係者の期待した程売れ行きが伸びなくて、キャンペーンに力を入れているにしては反響も今一つって感じなの。
 レコード店での売り上げが芳しくなくても、コンサート会場でのレコードの売れ方が見こみ以上であるとか、実売数の割に反響が予想以上に多く寄せられるとか、どこか地方のラジオ局が頼まないのに曲をよく流してくれるとか、音楽関係ばかりじゃなくてそれ以外の雑誌の取材申しこみなんかが一つくらいは入るとか、他に色々、ヒットする曲にはなにかしらの前触れみたいなものがあるらしいんだけど、そんな感触も殆どなくてね。コンサートやライブも、小さな会場なんかでも、ほろにがバンド単独ではお客さんの入りもそれ程伸びないの。
 二か月後のレコード会社の販売会議が分岐点だったわ。そこでは見あう効果が得られないからって、宣伝とか営業活動費も大幅に削られたの。そうなると、後は所属事務所の営業戦略で動くしかないの。レコード会社は流石に版権は手放さないけど、でもプレスした分のレコードは事務所の買い取りになって、事務所は欠損を出さないためにその買い取り分を、いろんな手段を使ってなんとか売ろうとするわけよ。
 当然、矢岳君なんかに対する事務所の待遇も急に冷淡になるわけ。ライブハウスじゃなくて、普通の大きな酒場のステージとか、ホテルの宴会場とかが主な活動の舞台になるし、そこにレコードを持って行って、自分達でそこのお客さんに売ったりしなければならないの。マネージャーもそれまでは専属の人が一人ついていたんだけど、そうじゃなくて、一人の人が複数の歌手を纏めて管理するその下に移されたりとかね。地方の小さなレコード店を丹念に回って、店先でちょっとしたデモンストレーションをやって、それで集まって来た人にレコードを売るなんて仕事もあったかな。
 演歌歌手になったんじゃないのになんて、矢岳君は家に帰るとあたしに自嘲的な愚痴を零していたわ。でもまあ、そうやってレコードを一枚でも多く売るしか、矢岳君としては当面ないわけよ。矢岳君はプライドの高い人だから、そう云う地道な仕事は、それは大事な仕事には違いないけど、でもすごく屈辱的だったでしょうね。この俺の歌を、どうして世間のヤツ等はもて囃さないんだってね。その辺がどうしても判らない人だから。
(続)
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