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大きな栗の木の下で 51 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 沙代子さんは脚を倒してまた横座りになるのでありました。
「なんかデビュー前の新人にしては、破格の待遇って感じだな」
 御船さんが街を眺め下ろしながら云うのでありました。
「そうね。確かに事務所の方も矢岳君のことすごく期待していたようだから、矢岳君の頼みを、結局受け入れたみたい」
「つまり、奇貨居くべし、と云うところかな」
「なに、それ?」
 沙代子さんが御船さんの顔を覗きこむのでありました。
「いや、中国の古典にある言葉だよ。『史記』だったかな」
「どう云う意味?」
「将来有望なヤツは今の内に買っておけってこと。それで大いに恩を売れば後で必ず大儲けが出来るぞ、とか云う風の意味だよ」
「それ、高校の時に習った、漢文かなにかの授業で?」
「どうだったかな。多分そんなのやらなかったんじゃないかな」
 御船さんはそう云って体を支えるためについていた掌を地面から離して、付着した泥と草を掃ったのではありましたが、さてその掌の次の置き処に窮するのでありました。仕方がなく、御船さんは先程沙代子さんがしていたように膝を立てて、それを抱くように腕を回して膝頭の辺りで掌同士を連結するのでありました。御船さんの座り姿が落ち着いたのを見て、沙代子さんは海の方へ視線を戻して話を続けるのでありました。

 <あたしさ、実家を追い出されたような形だったけど、母とはずっと連絡はとっていたのよ、手紙とか電話で。父は、体面上はあたしを勘当扱いだったし、意地でも自分からはなにか打開策を試みて、あたし達との関係を修復しよとするようなことは一切しなかったんだけど、でも、あたしと母が秘かに連絡をとりあっていることは気づいていたはずなの。あたしと母がそうするだろうことは、予めちゃんと推察してもいたと思うの。だから、知らんぷりしながらもそれは黙認するって云う感じでいたの。だって、一応手塩にかけた娘だもん、あたし。だから父もとても心配してくれていたことは、間違いないもの。
 電話でね、母にあたしの妊娠を告げた時、母は先ず深いため息をついたわ。母はそう云う事態が何時か起こるだろうことはもう予測していたみたいで、母のその時のため息は、それが予想以上に早く到来したことへの嘆息だったわけ。
 ため息の後、母は電話口で長々とあたしの計画性のなさとか不首尾とか、色々なじったり小言を云ったりしていたわ。でもあたしが、じゃああたしのお腹の子は誰からも望まれないで、邪魔者としてこの世に生まれて来るのね、なんて涙声で云ったら、それっきりもう愚痴みたいなことは云わなくなったの。多分あたしとお腹の子が、とても不憫に思えたからでしょうね。その後は、切羽つまって妙なことは絶対考えるなよって念押ししただけ。
 で、結局、経済的な面に関しては、母も幾許かの仕送りをするからって云ってくれたの。それに出産に必要な物はなんでも、何時でも送ってくれるとも云い添えてもくれたの。
(続)
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