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大きな栗の木の下で 49 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 あたしに侮られたり、器量を見透かされたりすることが、矢岳君はことの他嫌みたいだったからさ、それまでも。あたしに対しては「エエ恰好しい」だからさ。まあ、あたしに対してだけじゃないかも知れないけど。兎に角、浅はかな心根のヤツだって思われるのが、何より耐えられない人なのよ。
 だからさ、その優しい言葉も、その線に沿っているだけかも知れないって、あたし一方で疑うわけ。ああ、でも別にだからってあたし勿論、矢岳君を軽蔑なんか決してしていないのよ。寧ろそう云うところ、実は可愛いなんて思うのよ。まあ、こんなことはどうでもいいんだけど。
 で、だから、矢岳君の本心は実のところは判らないんだけど、でも、取り敢えずはその矢岳君の言葉に力いっぱい掴まるしか、あたしなかったのよ。
「そうなると、俺ももっと頑張らないとなあ」
 矢岳君が云うの。
「でも、どうしよう。当面の問題として、今の状態じゃあ、あたしがすぐに会社を辞めるわけにはいかないだろうし」
「いや、体のためにも、会社はなるべく早く辞めた方が良いんじゃないか?」
「でもそう云うけど、それじゃああたし達の生活が、成り立たなくなるんじゃないの?」
 あたしが云うと矢岳君は暫く黙って、なにか考えている風だったわ。
「赤ちゃんが生まれるのは、何時になるんだ?」
「予定では、あと半年くらい先かな、病院でそう云われたわ」
「その頃には、俺の活動の方もなんとか目鼻が立つかも知れない。まあ、未だなんとも判らないけど。それにレコードの歌唱印税とか諸々入るようになると、少しは先の生活の目途も立つだろうし」
 あたしは、今考えると甘かったんだけど、矢岳君のデビュー曲は絶対ヒットするって確信していたから、実は将来の不安とかはそんなにはなかったのよ。差し当たっての生活が、不安だったの。まあそうは云っても、間違いなく矢岳君の曲がヒットするとは限らないんだけど。でも要するに、あたしとしたら矢岳君との生活がとても大事だったから、楽観的な見取り図に闇雲に縋りつこうとして、その他の好ましくない観測なんか、端から寄せつけようとしなかったと云うことなんだろうけど。
「あたし達、貯金なんてそんなに持ってはいないわよね」
 あたしはそう云ったの。「デビュー曲は屹度ヒットするとは思うけど、でもそれまで、どうやって生活していけばいいのかしら。お金が入ってくるのは少し先の話でしょう?」
「コンサートとかの出演料は入るよ。まあ、そんなに大した額ではないけど」
「それで当面、乗り切れる?」
 そう聞くと矢岳君は横のギターケースを見ながら、暫く黙った儘でいたわ。なんかあたしの聞き方が矢岳君の自尊心を傷つけなかったかなって、あたし内心ハラハラしていたの。
「事務所に、相談してみようかな」
 矢岳君はそう云ってあたしの方を見るの。そんなに怒ったような顔じゃなかったわ。
(続)
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