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大きな栗の木の下で 44 [大きな栗の木の下で 2 創作]

「うん、兄はその頃大阪にいたのよ。もう、とっくに就職もして、結婚もして」
 二人が座る木蔭のすぐ上の葉群れの騒ぎが納まるのを待ってから、沙代子さんも同じように前髪を掻き上げるのでありました。
「お父さんとしたら、そんな何処の馬の骨だか知れない、・・・」
 そこで言葉を切って御船さんは、いや失礼、と云い添えてから続けるのでありました。「まあ、お父さんの理解を越えることをやっている男に、大事な娘を嫁がせることは絶対出来ないと考えるのは仕方ないとしても、お兄さんがその場に居たら、お父さんの反応自体はちょっと違うものになっていたかも知れないな。それにお兄さんなら歳が近い分、お父さんのように頭ごなしに、その矢岳と云う男のことを否定的に観なかったろうし、状況によってはうまくとりなしてくれたかも知れない」
「それはどうかな」
 沙代子さんは首を傾げるのでありました。「うちの兄は父よりも古風な考えの持ち主だから、ひょっとしたら父以上に逆上して仕舞って、矢岳君と取っ組み合いの喧嘩なんか始めていたかもよ」
「あれ、そうなんだ?」
「うん、兄は短気で単純で、目茶々々保守的でさ、音楽と云ったら演歌好きだし、それに力自慢で、大学時代はアメリカン・フットボールなんかやっていたし、矢岳君みたいなタイプとは、屹度先天的に相容れない人間だと思うわ。それこそ天敵、みたいな感じよ」
「ふうん。まあ、俺はお兄さんには逢ったことがないから、知らなかったけどさ」
「屹度兄なんか居たら、もっとひどいことになっていたわよ」
 沙代子さんはそう云って手を横に何度かふって見せるのでありました。先程よりやや強い海からの風が高台の公園に吹きあがってきて、栗の古木が暫く葉擦れの音を旺盛に辺り一面にふり撒くのでありました。せっかく掻き上げた御船さんと沙代子さんの前髪は、またもや乱暴に乱されて仕舞うのでありました。

 <で、まあ、矢岳君は追っ払われるようにして、あたしの家を出たの。あたしも、あんな男と一緒になりたいなんて云う娘は、もう娘とも思わん、なんて父に怒鳴られて一緒に追い出されたの、その日は。矢岳君は一応、のっけからあたしの家に泊めて貰う積りで来たと云うのは、如何にも図々しいからって、予め駅前のビジネスホテルを予約していたんだけれど、結局あたしも一緒に、そこに泊まることになったの。
 矢岳君はホテルに入ってからも、随分不機嫌だったわ。あたしの方も、矢岳君の子供っぽさと云うのか、ことの処し方の稚拙さみたいなものに、内心ちょっと失望なんかしていたものだから、それに勿論、矢岳君への申しわけなさもあったから、口をきく元気もなかったわ。二人共黙って、部屋の中で、矢岳君はベッドに横になって、あたしは椅子に座って、なんとなく気まずい感じで暫く居たのよ。矢岳君、その気まずさに耐えかねたのか、ギターを取り出してそれを弄んだりし始めたけど、あたし、なんか急に悲しくなってきて泣いちゃったの。暫くそうしていたら突然、部屋のドアがノックされたのよ。
(続)
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