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大きな栗の木の下で 41 [大きな栗の木の下で 2 創作]

 矢岳君は父の顔をしっかり見ながら続けるの。それは矢岳君にしたら真剣さを伝えようとしているんだと判るんだけど、でも、あたし内心、矢岳君の目ってどこか鋭い険があるから、それを父が反抗的に挑んできているって解釈しないか冷や々々していたの。
「僕達は学生の頃からつきあっていて、勿論将来一緒になることを前提に真剣につきあっていて、そろそろお父さんやお母さんに挨拶しておく時期だって判断したから、こうして逢いにきたんです。僕たちは誰がなんと云おうと二人一緒になるつもりでいます。でも一応は、ものごとをすっきり安着させておくべきだと思うから」
 この矢岳君の科白も、あたし内心拙いなって思いながら聞いていたの。言葉も矢張り、なんか粗いし。だってあたし達が今日来たのは報告のためと云うだけで、これから先の交誼を宜しくお願いしますとか、家族の一員に僕も加えてくださいって云うような慎み深くてそれに友好的なトーンなんか、これじゃあちっともなくてさ。そりゃあ、別に殊更お追従みたいなことを云ってみたり、必要以上に下手に出ることなんかもないけど、それに結局結婚は本人たちの意志にのみよるんで、周りの意向は原則的に関係ないなんて云う筋みたいなところは、それはそうに違いないんだけど、でも始めからそれを大前提にして話をしようとしたら、それじゃあ矢張り、あたしの親とすればカチンとくるわよね。
 まあ、矢岳君は相当の自信家だから、人になにかを請うなんてことは大の苦手だし、誰にであろうと、そう云う態度は見せたくないのは判るんだけど、でも場合が場合なんだから、もうちょっと云いようがあるじゃないってあたし聞きながら思ったの。なんかあたし、全く不本意なんだけど、その場での矢岳君の口から出てくる言葉に対しては、ウチの父の方と感受性が近いのかなって、そんなことちょっと考えたりしていたの。
 で、事実、矢岳君の言葉が終わると、父の眉がまたピクンなんて動いたの。あたしもう本当に、咄嗟に悲鳴をあげたいくらいだったのよ。でも父は矢張り常識人で、まあ、歳が歳だから矢岳君なんかよりは世間慣れしているからなのか、すぐにあたし達から目を逸らして、一拍調子をとるように、ズズズなんて音たててお茶をゆっくり飲むの、無愛想な顔して。それから、話し出すの。
「君はどう云う仕事をしているんだ?」
 これね、あたし母への手紙にもその後でかかってきた電話でも、矢岳君は音楽関係の仕事をしている人だってだけ、なんとなく曖昧に伝えていたのよ。フォークシンガーとかそう云った具体的な情報はなしで。母はなんとなくレコード会社の社員だって云う風に、勝手にすぐ矢岳君の仕事を勘違いしたみたいで、普通のサラリーマンだと思ったみたい。
 それ、あたしにもすぐ判ったんだけど、でもなんとなく、フォークシンガーだってちゃんと説明すること、あたし何故かひどく億劫になって仕舞って云わなかったの。まあ、未だレコードデビュー前だし、一般に名前が売れているわけじゃないし、話が面倒な方に行くのが嫌だったからさ。でも、予めちゃんと云っておけばよかったのよね、あたしが。
「音楽、やっています」
 矢岳君が云うの。それから矢岳君があたしの方を見るのは、そこいら辺をちゃんと両親に伝えてかったのかって、そうあたしに問うためだったのよね。
(続)
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